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総資産に占めるのれん代比率が高まるキヤノン。M&A戦略次の一手は?

東芝メディカルシステムズの買収の先に見据えるもの
総資産に占めるのれん代比率が高まるキヤノン。M&A戦略次の一手は?

キヤノンが開発中の「光超音波マンモグラフィー」。御手洗会長兼CEO(左)と真栄田社長


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 例えば、フェーズⅠ(96-00年)の期間は一切のM&Aをおこなっていないが、このフェーズは「全体最適」と「利益優先」を掲げて体質の強化を図っていた時期である。この時期にグループ全体の最適化を図ったことが、これ以降に積極的にM&Aを行えた要因であると思われる。

 フェーズⅡ(01-05年)では、「全主力事業世界No.1」を掲げ、製品のデジタル化を図っていた時期である。この時期のM&Aは、電子部品の製造用真空装置を製造するアネルバ(現キヤノンアネルバ)や自動化機器の試作製造をするNECマシナリー(現キヤノンマシナリー)など既存事業の強化を目的としたものである。

 フェーズⅢ(06-10年)では、現行事業の強化に加えて、新規事業拡大などの新たな成長への戦略を進めていた時期である。その戦略はM&Aにも顕著に表れており、リーマンショックの最中においても積極的にシステム開発会社を買収している。

 特に、この時期はリーマンショックの影響で業績に陰りが見えていたが、オランダで文書・産業用印刷システムなどを開発するオセ社(売上高3442億円、純資産707億円)について、株式43%を380億円の金額で買収している(現在は完全子会社)のは英断だったと言えよう。オセ社を買収した10年12月期は、同社の買収効果もあって前年比で5000億円の増収を果たした。

 次にフェーズⅣでは、引き続き多角化を推進し、特に「メディカル」と「産業機器」を注力分野とした。その注力分野である「メディカル」分野では、医療関連用品・機器の製造を行うエルクコーポレーションを買収した。

 その一方で、後発分野であった「監視カメラ」市場において、世界トップシェアを誇るスウェーデンのアクシス(売上高770億円、純資産155億円)の株式75.5%を2540億円で買収している。

 当時、「監視カメラ」市場においてはまったく存在感のなかったキヤノンは、この買収を通じて一気に世界トップに躍り出た。「監視カメラ」市場は、現在のトレンドであるビッグデータ解析などへの応用も期待され、これからも堅調に推移すると見込まれる。キヤノンがもともと持つデジタルカメラ技術との相乗効果も期待され、多額の投資と引き換えに成長性のある新規事業を手に入れた格好となった。

 さらにフェーズⅤでは、先述した東芝メディカルシステムズの買収を通じて、医療機器分野における存在感を高めることとなった。

 ここで、下記のセグメント別売上高の推移を見てみると、リーマンショック以後は売り上げが横ばいにとどまっていることが見て取れる(セグメントを多少変更している時期もあるが、おおむね下記のとおりとなる)。

セグメント別売上高推移




 主要事業である、OA機器(オフィス事業)、光学機器(イメージングシステム事業)の売り上げは頭打ちになっている。いずれの事業も市場に大きな成長は見込めず、新規事業の創出が急務であることが分かる。また、M&Aにより獲得した売上高の単純積算値をグラフにすると、既存事業はむしろ縮小傾向にあると言える。

売上高に対するM&A効果




 上記グラフを見れば、東芝メディカルシステムズに多額の投資を行ったこともうなずけるのではないだろうか。キヤノンは日本を代表する超優良企業であるが、その内実は非常に切迫していると言えよう。

 次に、財務状況の分析を行いたい。下記グラフは、キヤノンの総資産額などの推移を示している(のれん代については14年12月期より個別表示が開始されたため、それ以前の年度について下記グラフにおいてはゼロ表示となっている)。

総資産額等の推移



財務状況は安定もリスクを内包


 15年12月期現在で総資産額4兆4千億円強、自己資本比率は70%を超えており、財務状況は一見すると非常に安定している。しかし、アクシスの買収の際に発生したのれん代は2500億円を超えている。キヤノンは、米国会計基準により決算書が作成されているため、全額が資産計上されていて費用としては計上されていない。

 これに加えて、16年12月期は東芝メディカルシステムズののれん代が加算される。東芝メディカルシステムズの買収で発生するのれん代は推定6000億円、のれん代が総資産に占める割合は推定で合計20%近くにも上る。

 のれん代は減損テストによる減損が認識されない限りは費用として顕在化しないため、たちまちに業績や財務に影響を与えるとは考えにくい。また、成長の見込まれる「監視カメラ」及び「メディカル」市場にも陰りは見られないため問題はないものと考えられるが、リスクを内包していることには変わりない。

 東芝メディカルシステムズの買収までは、現在に至るまでに築き上げてきた内部の蓄積があったが、今後はこの内包したリスクを考慮した上でのM&Aが余儀なくされる。今やグループ全体で4兆円もの売上高を誇るキヤノンではあるが、今後の巨額M&Aには大きなリスクを伴うこととなり、動向に注目したい。

ファシリテーター・田口雅典氏の見方


 思わぬ出物(?)「東芝メディカルシステムズ」に飛びついたキヤノン。かねてから参入を企図していた医療分野への大きな第一歩を踏み出したわけですが、確かに先細りが明らかなBtoCの映像機器を販売しているより将来性はありそうです。

 一方で昨年2月、ネットワークカメラ最大手、スウェーデンのアクシスコミュニケーションズを約3300億円で買ったのも見逃せません。キヤノンの2016年経営方針説明会資料を見ると、これまで主軸であったカメラ/インクジェットプリンター、複合機/レーザープリンター事業に、ここ4~5年大きな伸びが見られない中、新たな収益源を求めてさまざまな新規事業を展開してきているのは明らか。その一例が医療分野であり、ネットワークカメラによる見守り/監視ビジネスなのでしょう。総じてなじみのある「カメラのキヤノン」からは離れていく方向ですが、それも時の流れ。
<続きはコメント欄で>
M&A Onlineアーカイブ2016年06月11日
石塚辰八
石塚辰八 Ishizuka Tatsuya
感動の瞬間を記録するキヤノンが、オリンピックのスポンサードを東京五輪を最後に取りやめる、または、かつてコニカミノルタがソニーにαブランドごとカメラ事業を譲渡したように、キヤノンのブランドごと新興国の企業にカメラ事業を売却なんてストーリーもあり得ない話ではない、のかもしれません。

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