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スティーブ・ジョブズも憧れたシャープ伝説のエンジニア

<情報工場 「読学」のススメ#8>『ロケット・ササキ』(大西康之 著)

「共創」とは真逆の「ブラックボックス戦略」へ


 佐々木さんの言う「共創」は、1998年にエリック・レイモンドらが提唱し確立した「オープンソース」にも通じる。企業間の壁を取り払い、業界全体での技術の進歩をめざす。佐々木さんは、ライバルの松下電器(現パナソニック)に出向き同社の社員向けの講演をしたこともある。サムスンに求められて技術提携をした時には「国賊」呼ばわりもされた。だが佐々木さんは「サムスンが日本に追いつくのなら、日本はその先へ行けばいい」と、まったく後悔しなかったという。

 こうした、常に前を向き、業界や日本、そして世界の産業全体を俯瞰する「共創」のDNAは、佐々木さんが一線を退いた後のシャープにはほとんど残されなかったようだ。“ササキ後”のシャープは、液晶事業のみに注力し、技術を社内に囲い込む「ブラックボックス戦略」をとった。「共創」とは真逆の方向性だ。

 佐々木さんが活躍した当時のシャープには「スパイラル戦略」があった。一つの製品や技術のヒットに安住せず、その技術を他に応用して新市場を開拓していく、というものだ。同社では電卓の開発にともない手に入れた液晶の技術を、ビデオカメラのファインダーに応用して「液晶ビューカム」のヒットにつなげた。その後、さらにパソコンやスマホに応用することで「液晶のシャープ」を謳歌するようになるのだ。

 しかし、シャープはそこで止まってしまい、「オンリーワン」と称して液晶技術のみを追求するようになる。佐々木さんのように、常に前向きにロケットのように着想していく姿勢はほとんど見られなくなった。その後のシャープの凋落ぶりは誰もが知る通りだ。

 佐々木さんの「共創」の精神は、シャープ以外に受け継がれたようだ。孫社長を見出し、後に顧問を務めたソフトバンク、ゲームにシャープの液晶技術を提供したことで成功への足がかりをつかんだ任天堂などには、ロケット・ササキのDNAが残されているのではないか。

 また、直接のつながりはなくとも、最近になって社会全体に「共創」への機運が高まっていると感じる。2016年2月には、リコーオムロン、SMBCベンチャーキャピタルの3社による、大企業とベンチャーの「共創」を支援する合同会社「テックアクセルベンチャーズ」が設立されている。

 『ロケット・ササキ』末尾のエピソードは感動的だ。シャープの現役技術者である景井美帆さんが、ある試作品を携えて佐々木さんのマンションを訪問。その試作品とは小型のヒト型ロボット「ロボホン」だ。今、シャープ起死回生の新商品として期待が集まるロボホンの愛らしい動きに佐々木さんは目を細める。ロボホンに使われているLSI、背中の液晶、電子翻訳ソフトなどは、すべて佐々木さんが主導して開発したものだ。そう、この小さなロボットには佐々木さんのこれまでの足跡が刻み込まれており、彼のDNAを次世代につなげる可能性を秘めたものだったのだ。

(文=情報工場「SERENDIP」編集部)

『ロケット・ササキ』
-ジョブズが憧れた伝説のエンジニア・佐々木正
大西 康之 著 新潮社
254p 1,500円(税別)
ニュースイッチオリジナル
冨岡 桂子
冨岡 桂子 Tomioka Keiko 情報工場
佐々木さんがサムスンに技術を提供したことの是非については様々な議論があります。どちらが正しかったかというのは、後付けになり一概には言うのは難しいものの、スティーブ・ジョブズも憧れるようなエンジニアは、技術開発だけでなく経営についても桁違いの考え方をしていたということでしょう。昨今、シャープのほかにも、東芝、三菱自動車とサラリーマン社長が代表を務める大企業の失速ぶりが目立ちます。日本経済がシュリンクしている今だからこそ、佐々木さんのように業界や世界の産業を俯瞰できるスケールの大きな、そしてサラリーマンの頂点としての社長ではなくプロの経営者としての社長が必要だと痛切に感じます。

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