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《パナソニック編》半導体技術者はなぜ気鋭のマーケターになったのか 

eコマースでカメラを変える!木綿秀行氏(コンシューマーマーケティングジャパン本部)に聞く

新しい価値を生む変化の波は社内に起こっている


 ー木綿さんの取り組みは、事業部門のメインストリームをがっつり変えるまで行きそうですか。
 木綿「パナソニック全体として変化の波は起きていると思います。今回『ZenFotomatic』とコラボレーションするカメラ『ルミックスCM10』、これは通信機能を重視したコミュニケーションカメラと言う新しいカテゴリーで、非常にチャレンジしたプロダクツです。今後も、こう言った商品企画の傾向と今回取り組んだような内容をうまくマッチングさせて新しい価値を生み出していけたらいいなと思います」

 ーデジタル機器の事業部門はもともと通信技術を持っていなかったですよね。携帯・スマホをやっているパナソニックモバイルコミュニケーションズ(PMC)と連携したんですか。
 木綿「実は、ここにいる事業部門の佐藤(※)がPMC出身なんです」
※佐藤貴義AVCネットワークス社イメージングネットワーク事業部 事業戦略部 ワイヤレスネットワーク課 課長

 佐藤「カメラの事業部長でAVCネットワークス社副社長だった杉田(卓也)さんがとてもチャレンジングな方で。『ピノキオ』って商品をご存じですか?15年以上も前(1997年)にPHS付携帯情報端末を立ち上げたのが杉田さん。スマホの幕開けと言われた商品で、そんな新しいことを盛んにやってきた方なんですが、その杉田さんの了解を頂いて、本格的に開発がスタートしました」

事業部門のトップの支持が欠かせない


 ー新しい商品などで事業化までにさまざまなハードルがあったと思いますが、どこがハードルでしたか?
 佐藤「最終的には販売の方法ですが、コンセプト段階から議論は紛糾しました。まずは、顧客要望、コンセプトの検討からスタートしたのですが、顧客ターゲット絞りには相当時間がかかりましたし、どういうデザイン、コア技術、ハード、ソフト構成で作っていくかという構想段階でも難しかった。どことどこの工場を組み合わせて作るのかという製造に至る設計段階でも難易度が高かったですね」

 「そもそも、最初はどこの事業部が担当するのかさえも決まっていなかったんです。メーカーにとって事業を回していく上で、事業部、工場、流通はとても重要なことなんですが、新しいカテゴリーを立ち上げる時にはそれらがどれも非常に難しい」

 ーなぜカメラの事業部でやることに?
 佐藤「以前、『ルミックスフォン』というスマホ起点からカメラに近づけた商品をスマホ担当の事業部から出しましたが、今回は“フォン”ではなく、あくまでもカメラを起点にして、その世界観を広げようとした商品コンセプトにしたためです。でも、どこでどう作るかなかなか決まらなかった時期は苦しかったですね」

 「最重要なコア技術は1型センサー搭載レンズ鏡筒部品なのですが、デジカメの事業部の人たちや工場の人たちが意欲的に立ち上げて、応援してくれたのはとても嬉しかった。社内でさまざまな課題はありましたが、最後は執念ですかね。やっぱりこういう新しくて難易度が高い商品は現場のしつこい位の執念とトップの支持が組み合わされないと進まなかったなと後から改めて思いました」


“致命的な失敗”をしないリスクヘッジ力


 ー大企業の中でベンチャーと付き合ったり、新規事業を動かしていくために必要な資質はなんですか。いくつでもいいですけど。
 木綿「大きくは三つではないかと思います。一つ目は、とにかく自分が事業に必要だと思い立ったことは絶対に形にすると言う執念と行動力ですね。口だけではなく、形にすることで、相手に『本気だ』と思ってもらい、信頼関係を築くことを心がけてきました」

 「二つ目は“致命的な失敗”をしない、リスクヘッジ力。失敗には致命的な失敗と次につながる失敗があると思います。これは直感的な部分もあると思うんですけど。挑戦する以上は絶対に成功させると言う気概とそれに伴った行動が必要なのは大前提で、それに加えて、リスクヘッジ力が必要だと思います」

 「さっきランサーズさんとのコラボレーションでカメラデザインの募集をした話をしましたが、単純に50種類を選んだのではなくて、色味やきめ細かさの再現性について技術側と何度も議論し、試作の確認も徹底的に行い、品質面で不備がないと判断した上で最終決定しました。このプロセスをないがしろにすると、万が一、品質不良が起きた時、お客様にご迷惑がかかる可能性があります」

 「三つ目は新規事業や新商品を生み出すために大きな絵を描けるストーリー力です。それがないと、周囲の共感を得られないでしょうね。始めの一歩は小さくても、社内でも社外でもグローバルで取り組めるストーリーを作り、事業を大きくしていくビジョンを見せることができたら、本気で貢献しようとしていることを示すことができると思います。だから、最終的にどの程度の市場規模を目指すかは意識しますね」

 ーリスク回避する直感はもともと備わっている素養なんですか。
 木綿「エンジニア時代に培われたように思います。半導体と言う目に見えない微細な世界のものづくりは、事前の課題抽出力が非常に重要です。その経験があるから、反射的に『このあたりにある課題を事前に抽出する必要がある』というのがある程度分かるようになった気がします」


これからのカギはやはりIoT


 ー木綿さんが異業種とのコラボレーションに走る大きなターニングポイントは?
 木綿「2013年の(バッグブランドの)マスターピースさんとのウェラブルカメラのコラボです。今も彼らの直営店でカメラバックと一緒に売ってもらっています。以前からマスターピースを知っていて、憧れのブランドでした。そしてこのウェアラブルカメラとバッグをつなげたら面白いな、と。先方の社長に直談判し、プレゼンを行い、その場で了解を頂きました」

 「でも最初の店長会議では『なんでカメラも売るの?』ってアウェーな雰囲気が少なからずありました。そこから商品の魅力と、このコラボレーションの意義、そして自分がマスターピースの大ファンであることを話し、行動していくと、最後は皆さんがすごく味方してくれました。マスターピースさんとはこれまで3回コラボレーションを企画させもらいました」

 ーメーカーの直販事業で競合他社と比較してパナソニックのポジショニングをどう見ていますか。
 木綿「今後は、付加価値をどうやって作るかが大事になるかと思います。その中で、これからのカギはやはりIoTでしょうか。『ハードウエアとサービスの融合』と言葉にするのは簡単ですが、それをいちから作るとなるとなかなか大変です。新興国の企業では真似できないのでチャンスは大いにあると思っています」
<プロフィル>
木綿秀行(きわた・ひでゆき)
1974年11月12日生まれ、和歌山県出身。2002年東京大学大学院工学系研究科を卒業後、松下電器産業(株)(現 パナソニック)に入社、半導体社へ配属。微細加工プロセスの開発、工場の立ち上げを経験。その後、国内家電マーケティング部門、テレビ事業部の商品企画を経て、メーカー直販サイト「パナソニックストア」の運営に携わる。主にデジタル家電のマーケティング、パナソニックストアオリジナル商品の企画を担当し、これまでにバッグブランド「マスターピース」とコラボレーションしたオリジナルのウェアラブルカメラやカメラバッグ、クラウドソーシング運営大手「ランサーズ」とコラボレーションしたデジタルカメラなど、異業種とのコラボレーションを通した商品企画、マーケティングを実現。また、パナソニックのコミュニケーションカメラ「LUMIX CM10」において、画像自動加工サービス「ZenFotomatic」を展開するスタートアップ企業のグラムス社と協業して、eコマース事業者をコアターゲットに、撮影から画像加工、アップロードまでを1ストップで行えるソリューションを実現し、パナソニックストアの法人向けビジネスとして立ち上げる。2016年4月からコンシューマーマーケティングジャパン本部スモールアプライアンス商品部でヘルスケア、アイロンカテゴリーの国内マーケティングを担当する。

※取材協力=トーマツベンチャーサポート
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明豊
明豊 Ake Yutaka 取締役ブランドコミュニケーション担当
パナソニックをかれこれ10年以上もウォッチ(取材も含め)しているが木綿氏のような人はなかなかお目にかかれない。社外より社内論理を優先する風土は津賀さんが社長になってからもまだまだ残っている。前にもどこかでコメントしたが、グローバル会社を指向する中で、日本企業はおろかまだ「門真の会社」(本社のある場所)という印象もある。それでも事業部門やマーケの部門で着実に変化の兆しがあることを今回のインタビューで分かったのは嬉しい。木綿氏ぐらいの資質なら独立したり他社でも通用するだろう。それでもご本人は「パナソニックだからできることがある」と言っていることをとても心強く思う。

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