生物5800種が生息、ホンダ所有“広大な森”が提供する価値
「里山」手入れ欠かさず
ホンダが所有する「モビリティリゾートもてぎ」(栃木県茂木町)はツインリンクもてぎとして生まれたが、実態は広大な森だ。敷地にあるサーキット場よりも森は広く、起伏に富む。1997年の開業以来、木を伐採しながら新しい木を育て森を再生させてきた。5800種の生物が生息する豊かな生態系、心身の健康の向上、研究への活用など多面的な価値を提供している。いま、四半世紀にわたる森づくりへの評価が高まっている。(編集委員・松木喬)
モビリティリゾートもてぎは、ホンダモビリティランド(三重県鈴鹿市)が運営する。サーキット場のほか、ホテルやキャンプ場、アスレチック施設などを備える。
来場者が思い思いに楽しむ場所から坂道に入ると景色が一変し、すぐに山道になった。背の高い木がある中、低い位置にも葉を茂らせた木々がある。下り終えると棚田が広がった。稲の収穫は終わっており、稲わらが干されていた。
ホンダがサーキット場開発のために、森を取得した当時は休耕田だった。生え放題だった植物を間引いて光が差し込むようにし、水を張って水田を復元すると生物も戻ってきた。日本一小さなトンボの「ハッチョウトンボ」も確認されている。
モビリティリゾートもてぎの敷地は640ヘクタール。東京ディズニーランドの12個分以上だ。取得当初は暗い森に過ぎなかった。放置された木々が勝手に育って密集し、地面に光が届かなくなっていたためだ。そこで、ホンダモビリティランドが1998―2000年にかけて木を切って間引きし、明るい森に変えた。
毎年、場所を変えながら伐採を続ける。現在、森で確認できる生物は5800種。生物多様性に富んでおり、森が健全になった証拠でもある。植物のうち広葉樹が54%を占める。戦後、薪(まき)として使われた樹木だ。木材利用が多い杉・ヒノキは30%。一方で、オオムラサキ(チョウ)やタガメ、ホトケドジョウなど希少種も生息している。ホンダモビリティランドの崎野隆一郎氏の肩書きは“森のプロデューサー”。
都市部の緑地の管理とは違い、「わざとヤブを残した。生き物の隠れる場所にするとためだ。生物にはストレスが一番、悪い」と生物と共生する工夫を明かす。
人の生活が近くにあり、木材などで適度に利用されてきた自然は「里山」と呼ばれる。日本の原風景と言える空間だ。モビリティリゾートもてぎも人の手が入ることが重要な要素であり、「たぶん3年放置すると元の姿に戻る」(崎野氏)と予測する。
ただし、敷地は広大であり、手入れは大変だ。そこで一般の人にも森づくりに参加してもらおうと2003年から「森づくりワークショップ」を開いている。参加者はチェーンソーによる伐採や枝打ち、草刈りなどを体験できる。参加は有料だが100人が登録するほど人気だ。「作業がストレス発散になっている」(同)と語るように心身の癒(い)やしも自然の恩恵の一つ。崎野氏たちにとって参加者は、森の手入れを手伝ってもらえる貴重な人材となっている。
“多様性”研究データ提供
データ収集も重視する。08年から、日本自然保護協会による里山調査に協力して生物のデータを提供している。継続することで長期的な変化をつかめ、全国のデータとの比較で自分たちの森を客観的に評価できるという。
森はさまざまな活用もされている。日本体育大学の野井真吾教授と連携し、キャンプに参加した子どもの心身の健康を調べ、自然体験がもたらす効果を評価している。また、地元の宇都宮大学とも連携してイノシシの行動を追跡する調査もした。日本各地のイノシシ被害の対策になるデータを得られると期待する。
環境省からは、生物多様性が守られている緑地を認定する「自然共生サイト」に選ばれた。崎野氏は「これまで以上に注目されるようになった」と胸を張る。
自然を回復させる「ネイチャーポジティブ」が潮流となり、コストをかけて森を守ってきた企業と担当者の努力が評価される時代となった。それでも満足せず「25年後を見すえた森づくりの計画を立てている」(崎野氏)と、次の四半世紀に目を向けている。