経済損失18兆円…"不眠列島ニッポン”スリープテックが救うか
睡眠の質や量をIT技術の活用や異業種との協業で改善する「スリープテック」が注目されている。日本の平均睡眠時間は世界各国と比べて少なく、日本人の半数近くに不眠症の可能性を示す調査データもある。睡眠と企業の生産性には相関関係があるとされ、仕事のパフォーマンス低下を経済損失に換算すると約18兆円とも言われる。企業は睡眠を計測・可視化するIT技術を駆使し、健康経営に対する認識を高めようとしている。“不眠列島ニッポン”の今を探った。(特別取材班)
睡眠時間OECDで最低
健康の3要素である食事・運動・睡眠のうち最も優先度が低いとされてきたのが睡眠だ。経済協力開発機構(OECD)が2018年に発表した調査結果によると、1日の平均睡眠時間はOECD平均の8時間25分に対し日本は7時間22分。対象33カ国の中で最下位となっている。
17年の新語・流行語大賞に「睡眠負債」がノミネートされ、睡眠への注目度が急騰。スマートウオッチなどのウエアラブルデバイスが普及し、「睡眠が容易に可視化できるようになった。さらに経済産業省が『健康経営』をトレンドに掲げ、睡眠や健康に取り組む企業が増えた」(睡眠ヘルスケア協議会・小林孝徳理事長)とみる。
日本人の睡眠に対する不安要素は高い傾向にある。西川(東京都中央区)の社内研究機関「日本睡眠科学研究所」が全国1万人(18―79歳)を対象に実施した7月の調査によると、全体の47・2%が不眠症の可能性がある結果となった。年代別では20―40代でも5割以上だった。
企業では睡眠の改善を仕事のパフォーマンス向上に役立てる取り組みが進む。「健康経営の課題が広がる中、企業がどれだけ健康投資を拡充できるかが重要」(大和総研の石橋未来氏)とみられる。
NTT東/事業共同体を設立 空調・照明・サプリなど共創
NTT東日本とNTTDXパートナー(東京都新宿区)は、睡眠関連企業のコミュニティー「ZAKONE(ザコネ)」を22年9月に立ち上げた。現時点で164社が参加。100件以上のマッチングを生み出した国内最大規模の睡眠事業コミュニティーに成長している。
18年の日本人の平均睡眠時間は7時間22分と世界で最も短いとされる。NTT東ビジネスイノベーション本部の尾形哲平ZAKONEディレクターは「不眠大国である日本の睡眠課題を企業の共創で解決しようとザコネを設立した」と話す。
寝具メーカーのほか、空調や香り、音楽、照明、サプリメントなど多様な企業がザコネに参加。月1回の交流会のほか、日本睡眠協会など関連団体との共同事業を実施している。
8月には企業や自治体の睡眠改善施策を支援する「健康経営推進サポート」を始めた。睡眠関連市場を活性化し、ITなどを用いたNTT東の関連サービスの受注につなげる。
計測サービス相次ぐ/眠りの質判定 無呼吸リスク分析
睡眠データを活用したアプリケーションサービスの開発も進んでいる。帝人フロンティア(大阪市北区、平田恭成社長)は、睡眠中のバイタルデータを取得するセンサー「マトウスSS」を販売。センサーをシーツの下に敷いて眠ることで睡眠中の寝返りなどの体動情報や心拍、呼吸数などを測る。取得したデータから睡眠の質を判定し、専用アプリ上でスコア表示する。ベルト形状でデバイスが肌に触れないため、普段通りの睡眠を阻害しないことが特徴だ。
企業向けサービスも展開している。サーバーでのデータ管理と解析により睡眠改善のための定量的な課題解決を支援する。現在はトラック運転手向けなどに活用されている。睡眠状態の変化を確認してもらうことで睡眠習慣の形成につながっているという。
今後について、安井重成新事業開発部ウェアラブルソリューション部長は「法人向け睡眠市場領域の拡大や日中の活動データを測るサービスとのシナジーを狙いたい」と語る。
ソニーグループとエムスリーが設立したサプリム(東京都港区)は、睡眠時無呼吸症候群(SAS)のリスクを計測するサービス「スリープドック」を提供している。従来の法人向けに加え、7月から個人向けも始めた。
ソニー製の小型デバイスなどを身に付けて眠り、加速度やジャイロセンサーから得る微細な体の動きから、呼吸のリズムなどを独自のアルゴリズムで分析する。そのデータを基にリスクを判定したリポートが送られる。睡眠専門クリニックの紹介などフォローも行う。米アップルのスマートウオッチにも専用のアプリで対応する。
SASは就寝中に呼吸が何度も止まる疾患。日本人の6人に1人が潜在患者とされ、体の不調や日中の眠気などを引き起こす。サプリムは「SASは肥満体型の中高年の男性が発症しやすいが、自覚症状はほぼない。気になる人はスリープドックを試してほしい」としている。
ロート製薬/イベント開催で社員の意識向上
睡眠をテーマにしたイベントやセミナーを通じ、社員の啓発に取り組む企業もある。ロート製薬は5月に全社員対象の健康増進イベント「とこチャレ2024睡眠+」を実施した。定期的に実施するウオーキングイベント「とこチャレ」を進化させた形で行った。
イベントには社長や役員も含め過去最多の1983人が参加。「夕方以降のカフェイン摂取を控えよう」「寝る前のスマホレス」など毎日二つの睡眠ミッションを与えた。産業医による睡眠セミナーや睡眠に関する日替わりクイズなども実施した。こうした取り組みを通じ、睡眠に関する意識向上、コミュニケーションの活発化につながったという。
イベント後のアンケートによると、同社が健康目標値として掲げる「睡眠時間6・5時間以上の割合」は前年度実績比10ポイント増の43%に向上した。