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「能登半島地震」から半年…事業再建道半ばも、復旧へ見えてきた制度上の課題

「能登半島地震」から半年…事業再建道半ばも、復旧へ見えてきた制度上の課題

NTN能登製作所工場内。(右)が地震発生直後、(左)が修復後(NTN提供)

能登半島地震の発生から1日で半年を迎えた。石川、富山両県で被災した企業の復旧・復興が進む一方、事業再建が道半ばの企業もある。これまで大きな災害が比較的少ない地域だったため、事業継続計画(BCP)の観点から両県に進出した製造業が多かった。だが、元日の地震で状況が一変した。今回の地震を教訓に今後のBCPを考える上で学ぶべき点は多い。同時に、復旧に向けた制度上の課題も見えてきた。(金沢支局長・渡部敦、富山支局長・長塚崇寛)

石川県 事業者被害の状況(6月27日現在)

“災害少ない地域”変わる認識

能登中核工業団地

元日の地震で最大震度7を観測した石川県志賀町は、能登半島の中央部に位置する。同町の能登中核工業団地は1986年に造成を完了した能登地域を代表する工業団地の一つで、約87ヘクタールの工場用地に33社が立地。町内外から約1000人の従業員が同団地に通う。

89年に進出した白山(金沢市)の石川工場は、光ファイバーの接続に欠かせない部品「MTフェルール」の製造拠点。人工知能(AI)関連やデータセンターの増設などで需要が急激に拡大し、需要に供給が追いつかない状況が続いていた。

2023年12月に新たな成形機を導入し、増産を目指そうとした矢先に被災した。濱本和彦生産システム本部長兼石川工場長は「建物の被害はあったが、幸いにも成形機の転倒はなかった」と振り返る。建物の天井が崩落したが、地震から約2週間後に仕掛品を出荷する暫定工程で生産を再開。24年2月13日に工場主要部の修復工事を完了し、完全操業を実現した。

NTN能登製作所は12年3月から同団地内で産業機械用軸受を製造する。県外の自宅に帰宅していた山崎晴久社長は地震発生3日後に出社できた。外観に損傷がなく「たいしたことはないな」と思ったが、工場内には部品が散乱し、壁が大きく崩落するなど、被害状況の把握には困難を極めた。

同社の復旧を目指し親会社のNTNは、中央対策本部を設置。NTNの応援を受け、生産技術の担当者の派遣や代替生産を一部引き受けてもらった。当初は「完全復活は5月の大型連休前を想定していた」(山崎社長)が復旧を急ぎ、3月下旬に全ラインを再開した。

水の確保に苦労、対策検討

両社が一番困ったことは断水だった。停電は早期復旧できたが、上下水道の配管修理で断水解消は2月9日までかかった。志賀町企業誘致対策室の福田秀勝室長は「被災企業の要望で一番多かったのが水だった」と話す。町内で最大13台の給水車を導入する中、同団地では専用の給水車を確保した。

完全復旧した白山石川工場

白山は成形機の温度制御やトイレ用に1200リットルタンクを3個用意し、水がなくなるごとに給水してもらった。NTN能登製作所も自社の給水槽に給水してもらったが、軸受の研削加工に大量の水が必要となる。配管の修理もあり、操業再開まで2カ月以上かかった。山崎社長は「これほど長く操業を停止したことはなかった」と語った。

今回の被災経験を基にBCPの見直しも進む。白山の濱本氏は「災害で従業員の生活が困難になったという想定も含め年内には新しい計画を作りたい」と意欲を示す。NTN能登製作所もNTNの中央対策本部と情報共有しながら、食料や飲料水の備蓄などを検討していく方針だ。

「従業員守る」最優先に

「次にいつ起こるか分からない災害に対し、有限の経営リソースをそこまでかけられない」。自動車部品向け精密ダイカスト金型を主力とするトヤマエンジニアリング(富山県射水市)の渡辺隆社長は苦悩をにじませる。

同社は設備被害が軽微で済み、1月時点で操業を再開していた。ただ「もう少し揺れが大きかったら影響は計り知れなかった」(渡辺社長)とし、BCPの必要性を再認識。今後の備えに思案を巡らす中で「社員の命を守る」ことを重点事項に位置付けた。

ただし、社員の命を脅かすのは自然災害にとどまらない。同社はコロナ禍を機に業績が落ち込んだ。回復は道半ばで、渡辺社長は「これだけ景気が悪いと社員の暮らしに影響が出てしまう」とこぼす。経営リソースをどこに充てるべきかを考えた時、賃上げや教育など人への投資を最優先する結論に至った。BCPをないがしろにするわけではないが「正直、手が回らない」のが実情だ。

ラポージェの縫製工場。白石社長は「災害発生時に社員をどれだけ守れるかが大事」と話す

中小企業が自社単独でBCPのすべてを網羅するのは難しい。そんな中、コストを抑えて備えを進める動きもある。着物の縫製を手がけるラポージェ(富山県氷見市)は、中小企業庁が実施する認定制度「事業継続力強化計画認定制度」に申請。同社は地震の影響は軽微で、制度の認定を受けても補助金の対象にはならないという。

それでも「計画の策定を通して自社の課題を整理できた」と白石小百合社長。自身に不測の事態が発生した際には副社長に権限を委譲する仕組みを構築したほか、飲料の自動販売機の設置やスマートフォンの対話アプリケーションによる緊急連絡網の再整備などを実施。白石社長は「災害時に社員をどれだけ手厚く保護できるかが大事」と力を込める。

「なりわい補助金」浸透せず 企業規模・回数など課題

液状化の被害が大きかった富山県氷見市内(6月24日)

事業の再建が途上で、BCPの策定に至っていない企業も散見する。国が中小企業などの施設・設備の復旧に必要な経費の一部を補助する「なりわい再建支援支援補助金」などの支援策を打ち出しているが、制度設計と被災企業のニーズに乖離(かいり)があることも否めない。

石川県では白山が補助率4分の3の5000万円を得た。志賀町は独自の補助金を創設し、なりわい補助金の交付確定額の9分の1の500万円を上限に補助する。こうした補助金は中小企業・小規模事業者が対象で、能登地域に進出する大企業のグループ会社は「みなし大企業」として適用されない。被災企業としては中小・大企業も変わらないだけに、制度の見直しも必要との声もある。

富山県の沿岸部では液状化の被害が大きく、今になって建屋や設備に影響が出てくる事例もある。なりわい補助金は1施設で1回のみの申請がルールとなっており、2度目はできない。このため「いつ被害が明らかになるか分からない状況で、申請をためらっている企業もある」(氷見商工会議所)という。

なりわい補助金は2次募集まで採択が進むが、県内でも被害が大きかった氷見市内の企業の採択数は1次で1件(総採択数は38件)、2次で7件(同43件)にとどまる。被災企業のニーズをくみ取り、中長期的な支援を打ち出せるかが重要になる。

日刊工業新聞 2024年07月01日

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