大学経営難しくするガバナンス強化、再考の時期に
ガバナンス強化が大学経営を難しくしている面もある。ステークホルダー(利害関係者)が増え、説明責任が重くなっているためだ。ガバナンス強化が選択と集中の施策や文系の理系転換、経済安全保障研究開発などの政策と結び付き、ここに政治不信も加わることで大学に軍事研究をさせるためにガバナンスを強化し、うるさい文系を排除する権力者という像を結んでいる。
これは立証も反証も難しく、国会では野党に追及されて文部科学相が直接答えたものの議論は平行線をたどった。同様の懸念を受けて大学執行部が学内で説明する責任が生じている。科学史が専門の隠岐さや香東京大学教授は「大学の中にいると次第に慣れて違和感を覚えなくなる。声が上がらなくなることもよくない」と指摘する。声が上がることは大学の多様性や健全性の裏返しでもある。
内閣府の総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)では米国のトップ大学を手本に政策が検討されている。米国の大学ではデモや抗議活動は珍しいものではない。ただ日本では一部の大学で政策に関わる活動を禁止したり、控えるよう指導したりしている。教育機関としては封じるのではなく、対話の姿勢や過程を学生に示していく必要がある。多様性と向き合い、インクルーシブ(包摂的)な社会を体現する姿勢のない大学は国際的にも評価されない。
多様なステークホルダーに囲まれると、対話や意思決定に時間がかかるのは当然といえる。大学という組織に変革のスピードを求めても限界がある。一方で基礎研究にリスクマネーが流入し、競争の単位が大きくなっている。人工知能(AI)や量子、創薬、宇宙開発など、大学の研究室がベンチャー予備軍と化している。成功すれば大学に還元される。日本では任期付き教員を増やしてしのぐなどの無理を重ねてきたが、隠岐教授は「一部の分野に合わせて全体を変えるから無理が出る」と指摘する。
こうした問題に対して、民間では利害関係を整理し経営判断プロセスをシンプルにしてきた。目的に応じた組織を作り直す。ただ大学を研究と教育の機能で分けるのは難しい。学術界では大学と国立研究開発法人が役割を分担して研究を進めてきた。大学が学術寄りの基礎研究、国研が政策上重要な戦略研究を支えている。産業技術総合研究所の石村和彦理事長は「すべての大学が出口に近い研究を志向する必要はない。企業がやらない基礎研究に国費を投じないとじり貧になる」と指摘する。産総研は成果の社会実装まで担うために事業子会社を作るなど改革を実行した。
国研はプロの研究者集団で、トップダウンが前提の組織だ。学生などのステークホルダーは少なく、プロジェクトに合わせて組織を編成できる。安全保障に関わる研究なども、情報を管理し実施してきた歴史がある。
組織の課題は学生がいないことだが、近年は大学とクロスアポイントを結んで学生を受け入れるなど、人材育成も担っている。以前は大学院生を手放したくない大学が連携に後ろ向きだった。だが国研が生活費や研究費を支払うようになり、進学率が向上するならと連携が広がっている。
目標ごとに適切な組織形態や意思決定プロセスは変わる。役割分担を整理し、強化一辺倒だったガバナンスや競争を再考する時期にきている。(小寺貴之が担当しました)