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次世代半導体材料に総力…物材機構・理事長の〝緻密〟な経営

次世代半導体材料に総力…物材機構・理事長の〝緻密〟な経営

物質・材料研究機構理事長・宝野和博氏

物質・材料研究機構(NIMS)の宝野和博理事長は3年目を迎えた。その経営は〝緻密〟だ。前理事長を4年間、研究担当理事として支えた経験から各部門の研究計画や予算、人材の勘所をつかんでいる。研究者が研究組織の課題を解き明かし、必要な手を打っていく。現場には研究の進め方や結果をごまかせない緊張感がある。

ー2023年度の機構改革でバイオ材料をテコ入れしました。進捗(しんちょく)は。
 「各部門に散っていた生体材料や高分子材料などの研究者を集めて高分子・バイオ材料研究センターを設立した。看板を掛けて外から見えるようにし、組織としても動けるようにしたいという目的だった。実際に立ち上がると非常に競争力のある研究者がそろっていた。運営費交付金の予算は2億4000万円。そこに理事長裁量経費を上積みして活動費を1・3倍に増やしている。センターにこもらず、他の研究部門を巻き込むような推進力になってもらいたい」

ー1年目の評価はいかがでしたか。
 「評価委員からは非常に厳しい意見ももらっている。例えば材料の研究者は『こんなすばらしい新材料ができた。これでがんの治療法を開発したい』と純真無垢(むく)にプレゼンする。医学研究者から見ると『本当に臨床応用の難しさ知っているのか』と辛辣(しんらつ)な指摘を受ける。従来は、この壁を超えるの難しかった。生物実験の施設を拡張し、研究データで応えていくための環境を整えた。バイオ材料の実用化は臨床研究や規制対応など、道のりは長く、さまざまな研究者や事業者と連携していく必要がある。着実に進めていきたい」

ー重点領域のカーボンニュートラル温室効果ガス排出量実質ゼロ)は。
 「蓄電池研究への投資が先行しており、人材や研究装置、予算面でも充実したものがある。水素関連技術が課題だ。NIMSには水素の製造と貯蔵、利用、信頼性の四つの強みがあり、水素のサプライチェーン(供給網)構築に貢献できる。製造では白金族を使わない電極触媒材料を開発した。水を電気分解する水素製造プラントを大規模化しやすくなる。貯蔵では磁気冷凍で水素を液化する。理論上は磁気冷凍の液化効率は50%以上と、現行方式の25%よりも優れている。液化水素の製造・貯蔵コストを大幅に下げると期待されるが、磁性材料の対応温度域が課題だった。新材料を開発し、磁気冷凍システムを組んで液化にも成功している」

「利用は液化水素を冷媒として使う超電導線材の開発を進めている。水素社会が実現すると、液化水素の冷熱を捨てずに有効利用する用途が重要になる。NIMSには金属材料技術研究所時代に開発したビスマス系高温超電導体など、実際に線材を作る技術を持っている。そして長年、構造材料の水素脆化を研究してきた。液化水素中での信頼性試験機は世界で唯一の装置だ。水素脆化で材料が脆くなる過程を評価できる。さらに水素顕微鏡など、材料中を透過する水素を可視化する解析技術も備える。サプライチェーン構築に向けて、水素関連設備のコストの大きな部分を水素脆化に対応するための材料費が占める。適切に評価し、安価な材料を開発することで水素社会の実現につなげる。製造と貯蔵、利用、信頼性で相乗効果を狙った組織を作る。国の脱炭素政策に貢献していきたい」

ー次世代半導体を研究する技術研究組合「最先端半導体技術センター(LSTC)」が稼働しました。NIMSも参画します。
 「半導体の線幅が2ナノメートル(ナノは10億分の1)未満になると、さまざまな問題が生じる。物質や材料面から対応が必要になる。試作した素子で何が起きているか。これを解明するには電子顕微鏡などの解析技術と原子や界面のシミュレーションが必要になる。NIMSにはその力があり、LSTCで求められる機能はカバーできている。研究環境を大学研究者などに使ってもらい基盤として支える役割も果たせる。24年度内に相応のプロジェクトを立ち上げたい。半導体材料の研究者に加えて、ナノ材料や量子材料を生み出してきた国際ナノアーキテクトニクス研究拠点(MANA)の研究者を巻き込んでいく。現在、勉強会を開いており、外部資金を獲得してプロジェクトを立ち上げられるかが24年度の課題になる」

ーデータ駆動型研究では全国から集めた研究データの本格的な共用開始まで残り1年を切りました。
 「本当に研究者が虎の子のデータを共有するのか、共有しても活用できるのかと、多くの方から心配の声をいただいている。この心配はもっともだと思う。そしてデータ駆動の有効性も誰もが認めるところだ。企業の動きは速く、データ解析の事業者と組んでどんどん成果を出している。NIMSでも最近の目を見張る成果の多くが、データ駆動を使って生まれたものだ。データ共有も一つ二つ成功例を出せば広がっていくと楽観している。これは米グーグルの検索サービスが始まる前と似ている。現在のように普及するとは誰も想像できなかった。成功例に触発されて自身で触って確かめれば疑問の声もなくなっていく」

「そのためには質の高いデータが必要だ。信頼できるデータを人工知能(AI)に学習させなければならない。そこで半世紀蓄積してきた構造材料の長期信頼性試験データをデジタル化している。NIMSには最長で35万時間、40年以上引っ張り続けてきたクリープ試験など、信頼性評価のデータがある。多くは紙で保管されてきたが、AIに学習させるためにデジタル化を進めている。例えば3万時間と7万時間のデータから5万時間の金属組織の画像を生成させるといった使い方を想定している。材料組織のシミュレーションと組み合わせ、試作品の組織画像から寿命を推定できるようになるだろう。画像生成AIの研究は活況だ。アイデアを持つ研究者は多く、それを実現しにデータ基盤を使ってくれるだろう。また『チャットGPT』のような大規模言語モデル(LLM)のために、NIMSの研究の歴史や最先端の研究内容、研究者らの知識情報をどんどんアップしている。従来はホームページを設けても、誰が読むのかと問われていた。専門性が高いとなかなか読まれない。だが多くの人がLLMを通して知識を引き出すようになり、情報の信頼性の価値が増している。そしてNIMSの情報が『NIMS』と検索しない人にも届くようになった。目立たない仕事だが、データの信頼性の面からAI社会を支えたい」

ー強化していた人材獲得の状況は。
 「いい人が1人採れると、それに続くように若手が入ってくる。最近、大学から准教授クラスの有力な中堅研究者を引き抜いた。NIMSの研究環境を評価してもらった。大学では上の世代が引退しないとポストが空かないという難しさもある。これを見て助教クラスの若手研究者も手を挙げてくれた。いい循環が起きている。スイスからも、この円安の最中に講師クラスが来てくれる。そして科学技術振興機構(JST)から引き抜いた研究企画室長が大活躍している。反対に大学に引き抜かれるケースもあり、人材の取り合いになっている。まだまだ十分とは言えない」

「そこで大学院生を育てている。大学院と協定を結びNIMSジュニア研究員として受け入れている。博士後期課程の大学院生には生活費相当額の240万円を支給している。24年度選考からは大学院の入学料相当として30万円の一時金を提供する。いかに支援を拡充するか毎年知恵を絞っている。授業料免除のある大学では、経済的な負担なしに博士号を取れる。ポスドク研究員には若手国際研究センター(ICYS)でリサーチフェローを用意している。年俸600万円以上で毎年200万円の研究費を支給する。卒業直後から自分の独立した研究ができる。採用する立場では日本人の大学院生や若手研究者がじわじわと減っている感覚がある。実際、博士課程への進学率は減っている。NIMSは採用人数を増やしている。研究機関の競争力は研究者だ。ぜひ挑戦して欲しい」

日刊工業新聞2024年6月4日記事に加筆
小寺貴之
小寺貴之 Kodera Takayuki 編集局科学技術部 記者
分野ごとに高い解像度で現場を把握している。就任当初「プロパー研究者に経営ができるのか」という問いを自らに課していた。答えは「できる」。しかも緻密だ。国研研究者のマネジメント層には国から予算を引っ張ってきたら自分の役目は一段落という空気があった。それを許さない緊張感が競争力になっている。(小寺貴之)

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