信じるべきは学生の力…学術界の浸透は大学の選択にかかっている
信じるべきは学生の力
研究開発のデジタル変革(DX)は学術界への浸透を図る段階にある。これまでは限られた研究者が方法論を探索してきたが、教育などに組み込んで知見を浸透させる必要がある。ただ研究政策と教育政策の間には谷がある。研究での成功例が教育に反映されるとは限らない。DXの浸透は大学の選択にかかっている。
「今はレギュレーションなしのF1のようだ。すごいマシンを作ったチームが勝つ」―。科学技術振興機構(JST)研究開発戦略センターの嶋田義皓フェローは人工知能(AI)やロボットを駆使した研究をF1に例える。現在は大きな予算に当たった研究者がスーパーコンピューターや高速実験装置を使って成果を出している。研究事業は全国の大学からトップ研究者を集めて異分野融合チームを作るため最先端の研究ができる。
ただ教育組織とは結び付いておらず研究事業が終わると人材育成も終わる。研究の最先端は日進月歩で変わるため、5年後に同じテーマで研究事業は立ち上げられない。トップ研究者が転籍したら大学には異分野融合のノウハウが残らない。成果が認められ、産業界で需要が高まるころに人材供給が不安定になるという悪循環さえ生じる。嶋田フェローは「学科単位で挑戦できる施策があるといいのでは」と思案する。
例えば10年間の研究事業の後半は学科プロジェクトを並走させてコストを抑えた手法を開発したり、授業や実習に落とし込む支援策が考えられる。研究と教育がつながれば大学の強みとして蓄積されるようになる。
これらは政策官なら誰もが一度は思い付くアイデアだ。ただ文部科学省幹部に聞くと「文科省が旗を振れば大学がついてくると思うのは幻想」「政策で支援すると運用評価のプロセスで計画の柔軟性がなくなる。むしろ足かせになる」という声さえ返ってくる。細かな支援策よりも、減らした運営費交付金を戻す方が本質だという意見は根強い。省内の縦割りもあり、現状では研究と教育をつなぐ取り組みは大学の経営判断に依っている。
挑戦している大学はある。10月に東京工業大学との統合を控える東京医科歯科大学はデータ基盤を整え、病院業務や教育の高度化、産学連携への活用を始めた。研究と教育、臨床をデータで縦断的につなぐ取り組みだ。
若林健二副理事は「データのフォーマット問題や入力の手間など、裏方は本当に大変」と苦笑いする。陰の苦労は多々あるが、協力病院からもデータを集めてビッグデータ化している。ここに東工大のテクノロジーを融合させてイノベーションを狙う。学生と研究者を招いて医療現場からビジネスチャンスを探す活動を進める。学生に研究資金50万円を提供して挑戦を促す。
古川哲史副学長は「医療現場には課題もチャンスもたくさん眠っている。工学の視点で掘り起こしてほしい」と期待する。カリキュラム変更のような大きな変化を伴わなくても、実践を通して人材は育てられる。教育手法としては未成熟でも、有志で始めれば学生は壁を越えていく。大学が信じるべきは国よりも学生の力なのかもしれない。(おわり。小寺貴之が担当しました)