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成長戦略に曲がり角…インキ、構造改革で事業基盤築けるか

成長戦略に曲がり角…インキ、構造改革で事業基盤築けるか

DICは23年にカナダのレジスト樹脂メーカーを買収、先端半導体分野でのシェア拡大と競争力強化を図る

印刷インキ大手の成長戦略が曲がり角を迎えている。DICは2025年の営業利益計画を引き下げ、26年以降を見据えた経営資源配分や合理化を進める。23年の利益目標が未達にとどまったartience(旧東洋インキSCホールディングス)も、事業ポートフォリオ変革を加速させる。世界的なインフレや地政学リスクなど事業環境が変化する中でも、成長を支える事業基盤を築けるか。今後数年間の取り組みが分水嶺になりそうだ。(大川諒介)

DIC 30年見据え稼ぐ力強化 エレ関連材料拡大

DICは30年を最終年度とする長期経営計画の中間計画を見直した。25年の計画値として当初比500億円増の売上高1兆1500億円とした一方、営業利益は同400億円減の400億円に下方修正した。稼ぐ力の向上を妨げる要因は何か。同社は新規・成長分野に対する経営資源の分散と、外部環境の変化を背景要因に挙げる。

注力テーマが拡散し、開発・投資コストがかさんだほか、インフレ進行や資源高によるコスト上昇、ロシアのウクライナ侵攻などによる地政学リスクの高まりに直面した。同社は21年に独BASFの顔料事業を買収するなどM&A(合併・買収)を通じた事業のグローバル化を拡大。それだけに、ウクライナ侵攻や中国経済減速など22年以降のマクロ環境の変節はさまざまな面で影響が及んだ。

26年以降の飛躍に向け、当面の課題は経営資源の配分先の絞り込みと、国内外の事業構造改革だ。DICは成長のけん引役として、エレクトロニクス関連材料の事業拡大に乗り出す。“エレクトロニクス仕様”の化学・素材を軸とした事業を「ケミトロニクス」と定義し、1月に事業本部を新設した。

このケミトロニクスに経営資源を集中し、半導体フォトレジスト用樹脂、高速通信向けの低誘電材料など需要の取り込みを強化するほか、関連製品の開発や実装を加速させる。同事業を成長のけん引役に位置付け、26年に対象セグメントの営業利益で50億―70億円の上積みを目指す。

構造改革も加速させる。日本と中国で生産を行う液晶材料事業について、12月末までに撤退することを決定。同材料は液晶パネルなどに使われるが、中国勢などとの価格競争が激化していた。さらに各事業領域でのターゲットを大胆に選別するほか、M&Aで拡大した欧米顔料事業も構造改革にとりかかる。

同社は30年に売上高1兆3000億円、営業利益1200億円を掲げる当初計画について、今後精査し計画をアップデートさせる見込みだ。

池田尚志社長は「基本方針に大きな変更はないが、環境変化や市場動向を踏まえた戦略の見直しと計画の軌道修正を行う」と語る。26年、30年を見据えた改革をやり遂げ、稼ぐ力の強化と持続的な成長を実現させることができるか。今後の取り組みが注目される。

artience リチウム電池向け重点 3年600億円投資

artienceが手がけるLiB用カーボンナノチューブ(CNT)分散体「LIOACCUM(リオアキュム)」

印刷インキで国内シェア首位のartienceは、24―26年の新中期経営計画を公表した。全社目標として売上高4000億円(23年は3221億円)、営業利益250億円(同133億円)を掲げた。既存事業の構造改革を通じて収益力を高めるほか、3カ年で600億円規模の投資を計画し成長基盤を強固にする。

同社の高島悟社長は「印刷インキは紙媒体向けの需要が加速度的に減少し元には戻らないだろう。戦略的事業に経営資源を重点配分し、新しい売り上げと利益を創出する」と方向性について語る。

既存事業はポートフォリオ変革を加速させる。足元の事業群を成長事業、収益基盤事業、構造改革・戦略再構築事業に3分類し、構造改革を推進する。例えば、印刷インキはパッケージ印刷に用いるリキッドインキの海外展開などを強化する一方、紙媒体向けで国内中心のオフセット(平版)インキは合理化を徹底するなど各事業を詳細に分類した。構造改革費用を含めて既存事業に150億円を投じる計画で、稼ぐ力の強化を図る。

さらに将来の成長を支える事業群として2つの注力領域を定める。リチウムイオン電池(LiB)用の導電助剤、接着剤など「モビリティ・バッテリー」、カラーフィルター(CF)材料や光学材料など「ディスプレー・先端エレクトロニクス」を対象とした。

特にLiBの高性能化を実現する独自の導電助剤は戦略投資を実行中だ。経済安全保障の観点から蓄電池供給網を各国・地域内に構築する動きが強まる中、日米中欧のLiB需要地に先んじて材料供給体制を整え、優位性を確保する考えだ。

印刷用縮小、合理化急ぐ

※自社作成

国内印刷インキ市場はデジタル化の進展による紙媒体への印刷需要減などで縮小傾向にある。需要先の国内印刷業は生産金額の約6割が出版・商業印刷などに用いるオフセット印刷が占める。そのため日本はインキ消費に対する紙媒体の影響が特に大きい市場だ。

印刷インキの国内生産量はコロナ禍の影響を大きく受けた20年に年間の国内生産量が初めて30万トンを割った。それ以降も顕著な回復は見られず、23年には物価高によるパッケージ印刷の需要低迷も重なり26万トン程度まで落ち込んだ。国内需要が低迷する中、インキメーカーは収益改善に注力する。製品値上げでコスト上昇分の転嫁を進めると同時に、生産最適化などの収益改善策に取り組む。

artienceは23年に国内の地域別販売会社6社を中核事業会社に統合し、人員縮小や成長分野への再配置なども同時に表明した。DICは23年にグループ会社を通じて同業のサカタインクスと業務提携し、新聞インキなどで生産設備・物流施設の相互活用を進める。DICは今後、出版インキ事業における生産・販売の最適化を図ると同時に、他社との協業拡大も検討するとした。

日刊工業新聞 2024年04月29日

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