“昨年超え”ベア獲得へ…24春闘、賃上げ持続へ強気の要求
大手労組、集中要求日 “昨年超え”ベア獲得に軸足
2024年春季労使交渉(春闘)は大手労働組合の集中要求日を迎える。産別(産業別労組)の方針を踏まえ、鉄鋼や自動車は23年を大幅に上回る賃上げを求める要求書を提出した。サプライチェーン(供給網)全体で賃上げ原資を確保する動きも今春闘の特徴で、企業規模による賃金格差の打開に向けても労使の「共闘」が問われる。(編集委員・神崎明子)
物価上昇を上回る継続的な賃上げ実現へ、とりわけ大きな意味を持つ24年春闘。23年は30年ぶりとなる高い賃上げが実現したものの、実質賃金は23年12月まで21カ月連続で前年同期比マイナスが続き、日本経済はデフレから完全脱却できるかの分水嶺(れい)にある。「ここで取り組みを緩めてしまったら、ようやく開いた重い扉が再び閉じてしまう」。労組幹部は口をそろえる。
労組側は物価上昇分をベースアップで獲得することに軸足を置き、中央組織、連合は「賃上げ分3%以上、定期昇給相当分を含め5%以上」の目標を掲げる。これを踏まえた各産別や上部組織の要求方針が正式決定され、2月中旬から下旬にかけて各社の労組は会社側に要求書を提出する。23年をさらに上回る積極要求に、経営側がどう応えるかに焦点が移る。
連合傘下、最大の産別組織で、流通や外食産業の労働組合が加盟するUAゼンセンは連合方針を上回る「ベア相当分として4%基準(全体で6%)」方針をいち早く表明。大手企業の経営側からは前向きに受け止める発言が相次ぐ。
自動車や電機など五つの産別で構成し、相場形成への影響力が大きい金属労協は、ベア要求額を「月1万円以上」とした。これは98年に従来の定昇込み要求からベア要求に転換して以降、最も高い水準で今春闘を「もう一段、ギアを上げて結果を出さなければならない」と位置付ける。金子晃浩議長は「高い賃上げが実現できないとの思い込みは捨てよう」と呼びかける。傘下の電機連合の統一要求額はベアで「1万3000円以上」。電機連合は加盟企業の労組が同額で賃金改善を求める統一闘争を展開しており、23年はベア7000円の要求に、大手12社すべての労組が満額回答を引き出した。24年に向けては各社の業績には濃淡があるものの、神保政史中央執行委員長は「考え方を共有することで全体の底上げが図られる」と統一闘争の意義を強調。週内にも日立製作所などが会社側に要求書を提出する予定だ。
鉄鋼や造船、重機などの労働組合でつくる基幹労連のベア要求額は「1万2000円以上」。基幹労連は前身の鉄鋼労連時代の98年から2年分の賃金改善を隔年で要求する「2年サイクル」を続ける。この方式は堅持するものの、経済の先行きを見通すことは難しいとして今回は24年度分のみを要求する。この方針に基づき、日本製鉄など鉄鋼大手3社の労組は、賃金改善分として3万円の賃上げを求める要求書を9日、提出した。日鉄にとっては過去最高だった75年の3万2000円に次ぐ約50年ぶりの高水準となる。同じく基幹労連傘下の三菱重工業やIHIなど重工大手各社の労組は1万8000円、三菱マテリアルなど非鉄各社は1万5000円を要求した。
基幹労連の津村正男中央執行委員長は「あくまで個人的な見解」と前置きした上で「企業業績が大幅に回復したアベノミクス以降、もう少し賃金改善を進めるべきだったとの思いはある」と胸の内を明かす。その上で、産別全体で5ケタとなる今春闘の要求水準は「急激な物価上昇がなければ賃上げが難しいことの裏返しでもある」とも語る。
供給網全体で中小原資確保ー円滑な価格転嫁、焦点に
24年春闘は中小企業の動向が一段と重要性を増す。23年は大手平均の賃上げ実績が3・99%(経団連集計)だったのに対し、中小は3・23%(連合集計)にとどまり、企業規模が小さくなるほど賃上げ率は低い。人材の獲得や定着のための「防衛的賃上げ」にも限界があり、収益構造の改善や生産性向上を伴わなければ、持続的な賃上げの流れから取り残される可能性がある。
大手との取引をめぐっては原材料やエネルギー価格の上昇分に加え、人件費の増加分を納入価格に上乗せする価格転嫁が十分に進んでいないとの不満は根強い。こうした取引慣行の是正が賃上げに結びつくかが24年春闘のカギとなる。政府は円滑な価格転嫁を促すための交渉指針を23年秋に公表し、監視を強めるが、指針の周知はこれからだ。中小の中には労働組合がない企業も少なくないことから賃上げ機運の醸成と同時に社会全体で取引慣行是正につなげる必要がある。
自動車総連はベアの統一要求を見送り、目指すべき賃金水準は各労組の判断に委ねる。上げ幅だけでの要求では、賃金水準が異なる大手と中小の格差は縮まらないと考えるからだ。19年から賃金の引き上げ額全体と絶対額の双方を重視する取り組みを進めており、「中小が大手を上回るベアを獲得するなど着実に成果を挙げてきた」(並木泰宗事務局長)と意義を強調する。ただ、23年は価格転嫁が進展せず厳しい収益環境に置かれた中小の賃金改善の獲得が進まなかった。こうした事態を重く見て、24年は企業間取引の是正に力を入れる。「ティア(部品納入メーカー)の深い仕入れ先まで(価格転嫁を)浸透させる必要がある」(同)との認識に基づき、加盟労組を通じ現場の実態を把握。その上で対応を促すとともに産別との情報共有を進める構えだ。
中小の賃上げ原資確保へ労組が主体的に関わろうとする動きは、すそ野が幅広い自動車産業だけではない。電機連合は、個別企業の取り組みでは限界がある課題については産別労使協議の枠組みを通じて解決を促す構えだ。UAゼンセンの松浦昭彦会長は「現場の感覚からは理想論を語っているように見えるかもしれないが、社会が変わるにはすべてのプレーヤーが本気で取り組むことが不可欠」と語る。加盟組合には「賃上げ交渉前に労使で取引価格の是正を議論してほしい」と呼びかける。
「歴史が動く瞬間を前に少しばかりの興奮と重い責任を感じる」。
機械、金属などの中小製造業の労働組合を中心に構成する「ものづくり産業労働組合JAM」の安河内賢弘会長は集中要求日を目前にしてこう語る。JAMのベア要求額は「1万2000円基準」。「金属労協の方針に先駆けて、これを打ち出した当初(23年末)は『中小の立場を理解していない高過ぎる要求』との受け止めがあったが、今やそんな声はほとんど聞かれない」(同)と自信を深める。
その上で「今年の春闘は、これまでのように大幅な賃上げができない理由を労使で確認するのではなく、大幅な賃上げを前提に、抜本的な収益構造改善には何が必要かを話し合う春闘にしたい」と意気込みを語る。