定時出退勤・週休2日実現…神戸酒心館が進める日本酒造り省人化の要諦
清酒製造数量トップの兵庫県で酒造りが盛んな地域として名高い「灘五郷」。同地域にあり、ノーベル賞の公式行事の提供酒「福寿」で有名な神戸酒心館(神戸市東灘区、安福武之助社長)は、持続可能な日本酒造りに取り組む。杜氏の引退を機に2007年、社員だけの酒造りを始めた。以降、泊まり込みが当たり前だった酒造りの働き方改革や生産性向上に取り組んでいる。(神戸・友広志保)
灘五郷の酒造りは近隣の丹波篠山地方から冬期の農閑期に出稼ぎに来る「丹波杜氏」の職人技に支えられてきた。杜氏は職人の「蔵人」を取りまとめる酒造りの最高責任者。神戸酒心館は07年、杜氏が高齢化や後継者不足で引退したのを機に日本酒造りの機械化や省人化を模索し始めた。
伝統的な酒造りは「寒造り」と呼ばれる12月から翌2月ごろの限られた期間で醸造するため泊まり込みで、醸造のメカニズムも複雑なため突発的な対応が多かった。まず神戸酒心館は07年、酵母を培養する酒母(酛〈もと〉)造りの工程で、灘五郷で主流の手法から期間を半分にできる「高温糖化酛」に切り替えた。
19年には、日本酒になる前段階で発酵中の「もろみ」について、品質を左右する温度の経時データをスマートフォンで見られるまで取り組みが発展している。だが神戸酒心館の省人化の取り組みは、先進的なデバイス導入だけではない。
07年、麹(こうじ)米をかき混ぜる作業を手作業から冷風機で風を当てる方法に変えた。この手法で宿直はなくせたが、冷風機がオンオフの操作しかできないため、冷風で温度が下がり過ぎないよう残業や早出でチェックする作業が残った。
そこで3年かけて間欠的に冷風を当てる手法を編み出し、冷風機に間欠タイマーを導入。早出や残業をなくし、定時の出退勤ができるようになった。
一方で全国の酒蔵が威信をかけて日本酒の出来栄えを競う「全国新酒鑑評会」向けの大吟醸では、宿直が残っていた。これも15年ごろに宿直や時間外労働をなくせたが、宮本哲也醸造部長は「(自動化や省人化では)既存設備の生かせていない機能に目を向けるのも一つ」と話す。
同社は08年頃、大吟醸に使う麹を樹脂容器で造る「たらい麹造り」を始めた。温度と湿度を厳密に管理でき、経験に頼らなくても高品質な麹を安定的に造ることを目指した。この際の麹室の温度管理で、これまで生かし切れていなかった床暖房に着目した。
大吟醸は通常よりも乾燥した麹室で麹造りをする必要がある。導入済みの床暖房の温度が50度Cまで上げられることが分かり、麹室を通常よりも約10度C高い約40度Cにキープした。夜中に手作業でかき混ぜ、水分を飛ばす手間が省けた。
宮本醸造部長は働き方改革について「細かいことの積み重ね」と話す。蔵人による伝統的な酒造りでは、8人で年2000石(360キロリットル)程度の日本酒を生産していた。現在も同量の日本酒を生産するが、週休2日を実現しながら、計8人で生産。地道な取り組みを続け、より良い醸造環境を追求している。