浮体式洋上風力で雇用約100人…人口減少の離島で起きた〝再生エネ経済革命〟の実態
風力保守人材、地元で育成
再生可能エネルギーによって地域経済に好循環が生まれ始めた長崎県・五島列島の五島市。浮体式洋上風力発電8基の増設完了が予定される2026年、市内の消費電力は8割が再生エネになる。脱炭素社会への転換を先導するビジネスも育っており、離島が脱炭素の最先地となる。
市内に訓練施設を整備 点検作業、全国90カ所
戸田建設などが浮体式洋上風力発電の増設を始めた22年、五島市の再生エネ関連企業は9社に増え、100人近い雇用を生んだ。その一社がイー・ウィンドだ。祖業は建設業だが、2008年に風力発電の運用・保守(O&M)専業に業種転換した。風力発電の将来性に期待して現社名にも変更したが、イー・ウィンドの田上秀人専務は「銀行は簡単に融資してくれなかった」と当初の苦労を振り返る。
12年になると風向きが変わった。風力などで発電した電気の固定価格買取制度(FIT)が始まり、保守の重要性が増した。故障による運転停止があると、発電事業者の利益が減るためだ。
ニーズを受け止めるには、保守作業ができる人材が必要となる。風力発電は機械と電気の両方の知識が求められる。しかも発電機が収まったナセルは高所にあり、内部は狭い。加えて洋上風力だとクレーンに頼れず、ロープ作業をこなす技能も必要だ。「参入した15年前、自分たちで人を育てるしかなかった」(田上専務)という。
市内に訓練施設を整え、独自の技能認定制度を設けた。五島市沖に浮体式洋上風力発電が稼働したおかげで、浮体式の保守作業も経験できた。白紙の状態から人材育成を始めたが、これまでに全国90カ所、風力発電540基の点検を担当し、100基の運転を監視する。また鹿児島、和歌山、北海道に事務所を開設するなど離島のハンディをはね返して成長した。
18年には風力発電の保守事業への参入を目指す地元企業と「長崎ウィンドサービスグループ」を結成。他社の従業員に1年間の技能訓練を提供している。同じ地域に競合企業を育てるようなものだが、「人材が増えると地元企業とネットワークを組める。風力発電産業の発展に貢献し、地元の安定した雇用につながる」(同)と語るように地域への思いを優先させた。同グループの技能訓練を受けた企業が7人を新規雇用した事例が生まれており、再生エネが地域経済に潤いをもたらしている。
海中調査にニーズ
全国各地に洋上風力発電の建設計画が持ち上がっており、海中調査のニーズも生まれている。浮体式風力発電が商業運転を始めた16年、市内に海洋エネルギー漁業共生センターが開所した。風力発電の建設候補地に出向いて海中の生態系を調査し、自然や漁業と共生した風力発電事業を支援する組織だ。
センターの活動を支える渋谷潜水工業(神奈川県平塚市)は海中工事の「職人集団」。培った知見を生かし、センターで海中作業ができる人材も育てる。洋上風力が普及すると、センターで育った人材の活躍の場も増える。
藻場再生、クレジット発行
再生エネに触発されるように、自然再生と脱炭素を両立させる新たな事業も始まった。
五島列島の沿岸では、海藻が茂った藻場が消える「磯焼け」が深刻化している。海水温の上昇によって活動が活発になった魚が、海藻を食べ尽くすためと考えられる。魚介類の生息地となる藻場がなくなると、海の生態系が崩壊する。五島市内の崎山地区はヒジキが急減し、2010年に絶滅した。
市は19年、「磯焼け対策アクションプラン」を策定。「五島モデル」と名付け、成功事例の市内への展開を始めた。さらに漁業協同組合や企業も参加して21年、「五島市ブルーカーボン促進協議会」を設立した。回復した海藻が吸収した炭素量を計測し、取引可能な「クレジット」にする組織だ。クレジットは二酸化炭素(CO2)排出量の削減価値を持ち、売却によって藻場再生活動の資金を獲得できる。購入した企業は藻場再生を応援できる。22年度はCO212トン分のクレジットを発行した。五島市産業振興部水産課の桑村和弘係長は「さらに藻場再生が進む」と期待する。