パワー半導体業界再編に号砲…ミネベアミツミの6年越し構想、日立子会社買収の影響度
ミネベアミツミが日立製作所子会社の日立パワーデバイスを推定400億円程度で買収する。当初の構想から6年越しでの取得で、「脱炭素の切り札」として需要が拡大するパワー半導体の一貫生産体制が整う。電源など自社の他製品とのシナジー効果も発揮し、2027年3月期に半導体事業の売上高を2000億円規模(23年3月期比2・5倍)まで伸ばす。多数の企業がひしめく国内パワー半導体業界にとっては再編の号砲でもある。(山田邦和)
27年3月期、売上高2000億円 ニッチトップに
「当初の構想から時間はかかったが素晴らしい会社を買収できた」。ミネベアミツミの貝沼由久会長兼最高経営責任者(CEO)は2日の決算会見で、日立パワーデバイス買収についてそう説明した。「当初の構想」とは何か。話は6年前にさかのぼる。
「半導体事業として売上高1000億円規模をどう実現するか」。2017年、ミネベアミツミの矢野功次常務執行役員は貝沼会長兼社長CEO(当時)らと向き合っていた。
矢野常務の前職はミツミ電機の執行役員半導体事業部長。この年、ミネベアとミツミ電機が経営統合して発足したミネベアミツミで、半導体事業の担当役員に就任した。
統合当初、貝沼会長は半導体事業に関し投資負担が重いのではと売却を検討していた。矢野常務は貝沼会長を前に「ミツミ電機が手がけるアナログ半導体はメモリーなどと異なり、大規模な研究開発・設備投資は不要」、「目指すのは、太平洋ではなく湖で1番大きな魚になる『ニッチトップ』」とプレゼンし、事業存続のきっかけを作った。
その半導体事業の売上高を17年度時点の4倍超に当たる1000億円に成長させるには―。「将来こんな会社や拠点をM&A(合併・買収)できれば」と矢野常務が挙げた候補に入っていたのが、エイブリック、オムロンの半導体工場、そして日立パワーデバイス。今回、6年越しでいずれの買収も実現したことになる。
省エネの切り札・IGBT分野拡充
エイブリック買収はニッチトップ製品(リチウム電池の保護ICなど)の強化、オムロンの工場取得は需要増への対応が主な狙いだったと見られる。これら2件の買収はいずれもアナログ半導体事業の強化につながる。今回、買収を決めた日立パワーデバイスは、パワー半導体メーカーだ。先の2社との共通点と相違点は何か。
センサーから取り込んだ光や音をデジタル信号に変換するアナログ半導体と、電力を変換するパワー半導体はどちらも幅広い機器で必要な存在。搭載する機器に応じて「すり合わせ」をしながら作る必要があり、競争が投資一辺倒にならない点も同じだ。さらに「装置や製造ラインの7―8割を共有できる」(証券会社アナリスト)。
異なるのは成長率と技術の変化率。22年の世界市場はアナログ半導体が11兆円、パワー半導体が3兆円だが、22―25年の年平均成長予想はアナログ半導体の6%に対し、パワー半導体は11%。大電流・高電圧に強いパワー半導体のIGBT(絶縁ゲート型バイポーラ・トランジスタ)では14%に達する。
パワー半導体の性能が上がれば電力変換時に生じるロス(損失)を少なくでき、電気自動車(EV)の航続距離を伸ばしたり、スマートフォンの充電時間を短くしたりなどの効果が見込める。世界の省エネの切り札と言われるゆえんだ。また従来のシリコン製より電力を無駄なく使える炭化ケイ素(SiC)製パワー半導体で顕著なように、材料加工や生産で有効な技術開発ができれば競争力に直結する。日立パワーデバイスもIGBTで従来と比べ高性能を実現でき、サイズを25―30%程度小さくできるという独自技術を持つ。
SiCと同等の製品開発狙う 他の事業とシナジー効果も
そうした技術を持つ日立パワーデバイスと「組みたい企業は多かった」(業界関係者)。ただミネベアミツミには日立パワーデバイスと元をたどれば兄弟のような拠点を持つ強みがあった。千歳事業所(北海道千歳市)だ。
同事業所は83年に日立製作所の半導体子会社(日立北海セミコンダクタ)の工場として操業を開始。04年にミツミ電機が取得し、その後ミネベアミツミの拠点となった。矢野常務も日立北海セミコンダクタの入社組だ。
千歳事業所は日立パワーデバイスから独自のIGBT技術の供与を受け、一部製品の前工程(ウエハーに回路を刻む工程)を受託していた。日立パワーデバイスの半導体は、日立制作所が手がける鉄道車両などに使われる、日立グループの競争力の源泉。その売却先の選定では、ミネベアミツミが日立グループ出自の千歳事業所を抱える点、そこでの実績や信頼関係も一定の影響を与えた模様だ。
今回の買収でミネベアミツミ半導体事業はパワー半導体メーカーとしても一人前の体制が整った。開発から生産までカバーする垂直統合型のビジネスが可能になる。日立パワーデバイスのIGBT技術にミネベアミツミのチップ製造技術を組み合わせ、SiCに近い性能の製品の実現も目指すとしている。
ミネベアミツミの他の事業とのシナジー効果も見込める。例えば電源。従来は家電や血圧計など向けの小型製品が中心だったが、大電流に対応可能なパワー半導体と組み合わせれば、ロボットなど他分野にも領域を広げられる可能性がある。
日立パワーデバイスの業績上乗せで、ミネベアミツミ半導体事業の売上高は1200億円に迫る規模になる(23年3月期の実績で試算、日立パワーデバイスからの受託分数十億円を除く)。27年3月期には2000億円規模に伸ばすとしている。
今後、日立パワーデバイスの利益率をミネベアミツミ半導体事業と同水準にまで高めることができれば、27年3月期時点で600億円程度の営業利益が見込める。同社が強みとするミニチュアボールベアリングなどの機械加工事業と合わせ、年1200億円規模の利益を安定して稼げる体制が整う可能性がある。
国内への影響 鉄道などに特化、“一定の存在感”
今回の買収は、国内パワー半導体各社の戦略にも影響を与える可能性がある。ミネベアミツミは半導体事業部の売上高を27年3月期に2000億円、31年3月期にはM&Aも含めて3000億円に伸ばす目標を掲げる。
鉄道などニッチ分野に特化するとしており、アナログ半導体とパワー半導体の内訳も不明だが、パワー半導体国内大手の富士電機の23年3月期の半導体事業売上高が2062億円であることを考えると、今後一定の存在感を発揮してくる可能性はある。
英調査会社オムディアの南川明氏は「国内の小規模なパワー半導体メーカーは単独で強くなることが難しい状況にある。統合で効率化を図り成長投資を行う選択肢は今後もあり得るだろう」と指摘。受け皿になる企業は「統合効果を最大限に発揮するため、被買収側の優秀な人材をつなぎ留め、力を発揮できるような組織体制にするなどの取り組みが必要だろう」と指摘する。
【関連記事】 日立が絶対に売却しない子会社とは?