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「グリーン鋼材」自動車・建設分野で広がる…普及への課題はコストと新概念の啓発

「グリーン鋼材」自動車・建設分野で広がる…普及への課題はコストと新概念の啓発

日本製鉄の八幡地区の高炉は、30年度までに電炉に転換される見通しだ

鉄鋼大手では脱炭素に向け、生産時の二酸化炭素(CO2)排出量を削減したとみなす「グリーン鋼材」が動き始めた。自動車や建設分野などで受注が始まったほか、船舶の受注案件では新たなコスト分担モデルが打ち出された。グリーン鋼材は従来の鋼材と機能、品質は変わらずに「環境価値」を提示できることが特徴だ。鉄鋼大手各社は革新技術の開発を進めつつ、高付加価値商品を拡大する好循環を描けるか注目される。(編集委員・山中久仁昭)

20日、グリーン鋼材「ジェイグリークス」の新規受注を発表したJFEスチール。注目点の一つは、グリーン鋼材がコスト高となることを踏まえたコスト分担モデルだ。

日本郵船系企業など海運8社の固体バラ積み貨物船向けの受注において、費用を海運、船主、荷主を含めサプライチェーン(供給網)全体で分担する。JFEはグリーン鋼材に関し、従来鋼材よりコストが「約4割高い」(物流総括部)としており、コスト分担モデルはその解決策の一つとなる。

実はJFEはグリーン鋼材をじっくり検討してきた。それに対し5月のブランド名の発表、そして今回のコスト分担モデルを含む受注発表と動きは急加速する。それはグリーン鋼材の注目度が高まってきた証左と言える。

「脱炭素のプロセス開発とともに、グリーン鋼材の早期供給が大切だ」。5月下旬に開かれた日本鉄鋼連盟の会見で北野嘉久会長(JFEスチール社長)は、鉄鋼業界におけるCO2排出量削減についてこう強調した。国内産業界のCO2排出量に占める鉄鋼業界の割合は4割と高く、取り組みの加速を約束した形だ。

グリーン鋼材について北野会長は「脱炭素化の過渡期で需要家のニーズに対し早期かつ的確に応える重要なツール」とし、「環境価値が広く理解、認知されるように努める」と述べた。

厳密な脱炭素プロセスで名実ともにCO2排出量ゼロの「ゼロカーボンスチール」を売り出すとしたら、膨大な時間と費用を要する。今のところはグリーン鋼材が現実解という訳だ。

グリーン鋼材は欧州のアルセロール・ミタルやティッセンクルップなどの競合が先行するが、国内ではまず神戸製鋼所が22年に「コベナブル・スチール」を投入した。トヨタ自動車の競技車両「水素エンジンカローラ」のサスペンション部品を手始めに、日産自動車のミニバン「セレナ」などのプレス骨格部品に適用。使用する部位や供給量は明らかでないが、車は重量の約6割が鉄で構成されており、象徴的な事例としてもアピール度は高い。

さらにIHI三菱地所鹿島による東京・豊洲の再開発計画の工事案件、今治造船(愛媛県今治市)が建造する18万トン級バルクキャリア(バラ積み船)での採用も決まった。

一方、グリーン鋼材について国内で初めて宣言したのは日本製鉄だ。橋本英二社長は広畑地区(兵庫県姫路市)での電気炉稼働でのCO2削減を基にしたグリーン鋼材について「世界に先駆け、電炉で高級鋼を生産する。供給を上回る需要は間違いない」と訴えた。22年秋にはブランド名「エヌエスカーボレックス ニュートラル」を発表。現在は顧客との商談を進めており、9月の発売を予定している。

JFEスチールの厚板は船舶などに使われる

鉄鋼3社のグリーン鋼材に共通するのは、マスバランス方式を採用する点。メーカー自らの努力による実際のCO2削減量を「原資」とし、それを任意の一部商品に割り付け、製造におけるCO2排出量を削減したとみなす。削減量は第三者機関の認証を受けることが必須となる。

普及には課題が少なくない。「環境価値」の社会的啓発や世界の鉄鋼業界での標準化、今後必要なグリーン電力の調達などだ。鉄鋼各社や業界の枠を超えて、政府の支援や各国間調整などに負うものも挙げられる。

環境価値で悩ましいのは、目では確認しようのない新概念の製品を顧客がどう受け入れるかという問題だ。グリーン鋼材は計算式上で環境にやさしいと見なす以外は、色も材質、機能、品質も基本的に従来材と変わらない。価格は顧客との相対交渉で決まり、金額自体は公表されない。

価格の考え方について日鉄の橋本社長は「脱炭素では確実にコストアップになる。(グリーン鋼材は)電気自動車(EV)の価格が上がったのと同様、おのずと価格転嫁されていく」との認識を示した。どの程度の額なら受け入れられるかについて、神鋼の担当者は「将来、欧州の炭素税で課される税率が一つの目安」と話した。

JFEスチールは海運8社向けの受注案件で従来比4割のコスト上昇を明らかにしたが、「最初の価格形成が肝心で、安値合戦に陥ることは避けなければならない」(JFEホールディングスの柿木厚司社長)とのスタンスをとる。

世界標準化も課題となる中で4月、一つの前進があった。日本が議長国を務めた先進7カ国(G7)会合で、鉄鋼業界のCO2排出量データを世界共通の手法で収集することが合意された。鉄連の北野会長は「利害関係など各国の事情は異なるが、共通のものさしで議論する流れができた」と、透明性と信頼性のある標準化の始動を評価する。

鉄鋼業界の脱炭素化では石炭、コークスをいかに減らすかが問われる

現状、鉄鋼生産と鋼材製品では複数の測定規格があり、電炉・高炉の扱いや測定領域などが異なる。手法の共有化をG7加盟国だけでなく、中国、インドなど鉄の量産国にも広げることを目指す。

さらにグリーン鋼材の普及には、水素などの安価・安定調達が必要で、エネルギー政策なども含め政府の支援策を求める声も強い。顧客の環境意識が高いとされる欧州では、一足早く普及しつつある。日本の産業界には「再生可能エネルギーの発電・調達への適性は地理的条件などで国によって異なる。(その前提条件を無視して)日本が同列に比較されるのは不利」との指摘もある。

高炉生産が主体の鉄鋼3社にとって今は、究極の脱炭素技術とされる100%水素還元製鉄までの「つなぎ」期間との側面があり、電炉化は現実的な選択肢と言える。

日鉄は30年までに八幡地区(北九州市戸畑区)での高炉から電炉への転換、広畑地区(兵庫県姫路市)での電炉拡大を検討する。JFEは27年にも、倉敷地区(岡山県倉敷市)で高炉1基を電炉に置き換える考えだ。

各社は余剰の生産能力を絞り、量から質への進化を鮮明にしている。ここ2年ほどで脱炭素化が本格スタートし、グリーン鋼材も投入される中、コストに反映される新たな概念を社会にどう説明し、理解を得るのか。「脱炭素は日本社会でまだ理解されていないが、一気に物事が進む可能性がある」と日鉄の橋本社長は話している。

日刊工業新聞 2023年06月21日

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