核融合炉用HTS線材は大きく化けるか…古河電工が急ぐ選択と集中
電線御三家の1社、古河電気工業。4月に森平英也社長率いる新体制を始動した。先端分野などで成長の芽はあるものの、以前からの多角化路線が限界を迎え業績は伸び悩む。首位の住友電気工業には売上高で大きく離され、3位のフジクラには利益率で見劣りする。古河電工は事業の選択と集中を断行し、独自のポジショニングを築けるのか。森平社長の手腕が問われる。(高島里沙)
【注目】先端品で成長の芽も足元は低迷
米ニューヨーク州。製造業のイメージとは遠いこの地で、古河電工は増産計画を練っている。夢のエネルギーといわれる核融合発電向けの高温超電導(HTS)線材だ。森平社長は「商用化の道が開けてくれば大きな投資が必要になるだろう」と期待を寄せる。古河電工と同社子会社の米スーパーパワー(ニューヨーク州)は、核融合炉の建設に必要な数百キロメートルに及ぶ量のHTS線材を数年にわたり、英トカマクエナジーに供給する。現在は実証段階だが、将来大きく化ける可能性のある新事業の一つだ。
ただ足元の収益力はライバルに見劣りする。23年3月期の売上高営業利益率は1・4%。業界トップの住友電工の4・4%、同3位のフジクラの8・6%に見劣りする。
古河電工は、01年に米ルーセント・テクノロジーの光ファイバー部門(現OFS)を買収したが、ITバブル崩壊で大幅な営業赤字に転落した過去がある。ここから事業の多角化路線が続く。銅や電力ケーブル、情報通信関連、自動車関連、機能製品と多くの事業を抱えており収益回復にブレーキをかけている。
住友電工、フジクラの2社は古河電工と比べると戦略が明確だ。
住友電工は23年3月期に売上高で初の4兆円台に乗せた。自動車用ワイヤハーネス(組み電線)が主力で、自動車事業が売上高の約半分を占め、ワイヤハーネスの世界市場で大きな存在感を示す。07年にはワイヤハーネス製造の住友電装を完全子会社化し、開発から生産までの統合も果たした。
フジクラは、光ファイバーケーブルなど得意とする情報通信分野に軸足を置き、利益率の高さで差を見せつける。20年には急速な業績悪化を受け、高収益構造への脱皮を目指し事業再生計画を策定。実行に移し、V字回復を達成するなど勢いを見せている。
新体制となった古河電工はどのように収益力を高め、ライバルを追撃するのか。森平社長は「マルチポートフォリオの状態が続いているが、これをどうマネジメントするかが経営上の大きな課題」と指摘。「何も変わらないこのままの状態では、グループ全体がサステナブル(持続可能)にはならない」と危機感をあらわにする。
【展開】光ファイバーケーブルに重点
「26年3月期に5―6%の売上高営業利益率達成に向けて、500億―1000億円の営業利益に引き上げるべく事業ポートフォリオを変えていきたい」―。森平社長は決意を示す。まずは収益性を判断基準として製品の見直しを進める。次に事業部レベルで将来性のないものは縮小・撤退する。こうした取り組みと並行してポートフォリオ変更の検討を進め、実施していく流れだ。
一方、注力事業として光ファイバーケーブル、電力ケーブルシステム、ワイヤハーネス、半導体製造用テープの四つを掲げる。注目の一つは光ファイバーケーブルだ。主力の米州市場は24年3月期は調整局面とみるが、中長期的には拡大基調が続く見通し。高付加価値なローラブルリボンケーブルの拡販を進め、同ケーブルの26年3月期の販売(数量ベース)を22年3月期と比べ3倍まで伸ばす強気な計画を示す。
光ファイバーケーブルを含む「情報通信ソリューション」分野の26年3月期の売上高は、23年3月期比5・7%増の2300億円、営業利益率は同2・0ポイント増の5・0%に高める方針。
このほか成長株として核融合炉向けHTS線材のほか、海底電力ケーブルにも期待がかかる。海底電力ケーブルでは、日本政府が進める北海道と首都圏をつなぐ海底送電の案件に関連し、今後最大1000億円規模の増産投資をするとみられる。
一方で攻めの事業にも懸念はある。米バイデン政権は国産品を優先調達する「バイ・アメリカ」を進める。光ファイバーケーブルに関しても、半製品から最終製品まで全製造工程を米国内で実施するよう企業に仕向ける流れで議論が進んでおり、6月末に方向性が固まる見込み。古河電工は米国での同ケーブル生産で半製品の一部や材料を輸入に頼る。バイ・アメリカを重要視する形で米政府の議論が決着すれば、古河電工も影響を免れない。
5月に古河電工が開いた23年3月期決算のアナリスト・機関投資家向け説明会。事業の選択と集中について問われた同社幹部は「必要と考えている」としつつも、具体策は検討中とし「マルチポートフォリオの良さとのバランスをとっていきたい」と回答するなど及び腰な印象もあった。
古河電工は成長軌道に乗り、業界トップの住友電工に離され、3位のフジクラに突き上げられる状況から抜け出せるか。選択と集中の実行力、主力の米国市場での事業環境の変化への対応力などが問われる。
【論点】社長・森平英也氏「悪くても営業利益500億円」
―課題認識は。
「我々は、マルチポートフォリオ経営の手法を採り、レガシーといわれる銅ビジネスや電力ケーブル、情報通信関連、自動車関連、機能製品など、他社より広い事業を保有する状況が続いている。経営上の大きな課題は、これをどのようにマネジメントするかだ。市場や将来性を見て戦略を決める。まずは利益率を改善し株価を向上させる」
―利益率改善に向けての基本方針は。
「強烈にポートフォリオを変えていくかどうかは今後進みながら考えるが、不採算の部分を切っていくというのが基本となる。同時に高機能、高付加価値品にリソースを集中することによって、25年度に利益率5―6%を実現する。30年に向けた安定成長のため営業利益で、事業環境が悪くても500億円、良いときは1000億円を見通せるように、事業ポートフォリオを変えていきたい」
―利益率改善のための具体策は。
「まず製品群で分類し、将来性のない赤字製品や、ギリギリ黒字の製品からは撤退していく。一方、残し方の工夫が課題の一つだ。現在も続いているのは顧客がいるからで、顧客の利益は毀損(きそん)したくない。難しい判断になる。また、ある程度の規模の製造インフラを持つ場合は、償却の進み具合や従業員をどれだけ維持するかなどで固定費を丁寧に見ながら判断する。これが第1段階となる」
―24年3月期は取り組みのギアを上げる年になりますね。
「この秋冬から積極的に利益改善に向けた動きを顕在化させていきたい。25年3月期には事業の(縮小・撤退など)何かしらに手を付けることがあってしかるべきと考えている。現時点で具体策はまだ明確化していないが、精査して進めていきたい。製品群での分類後に全体の事業の縮小・撤退を決めていく。長期ビジョンで示す情報通信やエネルギーなどに関与を見いだせない事業は、基本的にもうからなければ縮小・撤退していく対象になる」
「新事業としてはトカマクエナジーへのHTS線材供給や大学との共同研究に加え、国家プロジェクトやNTTの次世代光通信基盤構想『IOWN(アイオン)』関連で機会を探っている」