SDGs推進役がもどかしく見てきた日本の現状
研究開発のデジタル変革(DX)は脱炭素や海洋プラスチック問題などの地球規模の課題に挑戦するための基盤になる。素材・製造分野の研究データを環境・エネルギー分野の研究者が解析するといった多面的な分析を支えるデータ基盤が必要だからだ。日本が取り組んできたDXは世界各国でも不可欠になる。日本の経験自体が売り物になる。
「国際協力機構(JICA)事業など、日本は良いプロジェクトをいくつもやっている。だが相手国政府から見えていない。国のロードマップに載っていないからだ」―。自然科学研究機構の川合眞紀機構長・国連「10人委員会」メンバーは指摘する。国連の10人委員会は持続可能な開発目標(SDGs)の実現に向けて助言する役割がある。川合機構長はSDGsの推進役として日本の現状をもどかしく見てきた。
脱炭素は先端技術を持つ先進国同士の経済戦争に陥りつつある。だが開発途上国を含めた全世界での取り組みが欠かせない。そのためには人材育成や評価体系を含めた支援が必要になる。
例えば電気自動車(EV)とハイブリッド(HV)車のどちらが環境負荷が小さいか、二酸化炭素(CO2)排出量を計算するだけではわからない。鉱物資源の採掘状況や廃棄物処理など、サプライチェーン(供給網)全体を見渡して環境負荷を計る必要がある。つまり途上国でも政策判断を支えるデータを検証可能な状態で蓄積し整理する基盤が重要になる。グリーン・トランスフォーメーション(GX)とデジタル変革(DX)を並行して進める必要がある。
日本には産学官に蓄積がある。政策面では研究施策とインフラ整備施策の連携、科技政策とベンチャー創出施策の連携など。研究開発面では研究室の実験データと現場の運用データの連携や材料と環境の異分野連携など。産業面ではDX支援事業の海外展開など、産学官がそれぞれの領域で事例を積み上げている。この道のりは険しく、関係者がバラバラになり連携が行き詰まることも少なくない。データ連携のインセンティブ設計など、まだ答えのない問題も残っている。
だがこの隘路(あいろ)を歩んできた経験こそが、これから隘路を歩む国々の参考になる。GXやDXのロードマップ策定を支援し、そこに日本の技術シーズや日本との連携事業を盛り込めれば、日本の貢献が相手国政府にも見えるようになる。発電所や交通インフラの投資支援よりも費用対効果の高い科学技術外交施策になるかもしれない。川合機構長は「社会実装は国の総合力が問われる」という。産学官に散らばった知見を整理し、外交施策に昇華できるか注目される。