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【連載】アジアの見えないリスク#7日系工場が多いタイの意外な落とし穴

厳しい外資規制に特有の登記手続き

日本人が問題を起こし紛争に


 タイに進出する日系企業のサポートを専門とする弁護士として、10年以上にわたりさまざまな紛争の解決にあたってきた。タイ人を相手にするものだけでなく、日本人を相手にすることも多い。特に、現地日系企業の代表者である日本人が問題を起こし、紛争の原因となるケースは非常に多い。

 日本の本社が、放漫経営をしているタイの現地子会社の社長を交代させる意思決定をしたケースでは、タイでやりたい放題をしてきた本人が自ら辞めようとしないため紛争となり、私が本社の代理人として株主総会を開催し、現地の社長に解任を迫ることとなった。

 しかし、その際の問題は日本人社長の抵抗だけではなく、タイ特有の登記手続きであった。株主総会そのものは、日本の本社が株式の大半を保有しているため多少の抵抗はあったが問題なく進められたが、新しい代表者の登記はタイでは新しい代表者が行うことができず、すでに登記されている代表取締役に登記手続きをしてもらう必要があるためである。

 当然、意思に反して解任された旧代表取締役は協力してくれないため、行き詰まる可能性が出てきた。そこで、ほかに登記されている代表取締役がいないかを調べてみたところ、何十年か前に会社の設立に協力したタイ人の株主の1人が、代表取締役として登記に残っていたことが分かった。

 そのタイ人の所在を関係者に電話をかけたり、登記されている住所に手紙を出したりして探し出したところ、ラオスのヴィエンチャンにいることが判明した。そこで、急遽(きゅうきょ)、ヴィエンチャンまで当人に会いに行き、登記書類に署名をしてもらってなんとか登記を完了した。

現地法人は代表者を複数人選任すること


 こうした事情があるので、日本企業がタイに現地法人を設立する際には、現地の代表者以外に本社の取締役等が現地の代表者を兼任するなど、代表者を複数人選任することを強く勧めている。

 この事案は現地法人の新代表者登記手続きに関するものであるが、これ以外のいかなる事項も含め、「どのような事態となっても手詰まりを回避できる」ような制度設計を行うことは絶対に重要である。

 タイは日系企業の進出が最も多い国であり、進出の歴史も長い。それなのに、こうしたことまで意識している日系企業ばかりでないことには、驚きとともに懸念を抱かざるを得ないことは多い。ご参考となれば幸いである。

(文=長島・大野・常松法律事務所パートナーバンコクオフィス代表 佐々木将平氏、西澤綜合法律事務所およびニシザワ・リーガル・コンサルティング代表 西澤滋史)

日刊工業新聞2016年2016年2月12日/19日国際面
村上毅
村上毅 Murakami Tsuyoshi 編集局ニュースセンター デスク
海外拠点の指揮統括はどうしてもそこの拠点に任せがちだ。記事にある「どのような事態となっても手詰まりを回避できる」ような制度設計といのは、海外だけにより重要になるのだろう。

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