“タックル騒動”から4年 日大アメフト部はいま
朝日新聞出版が運営するニュースサイト「AERA dot.」は、2022年度に大型広告企画「大学対抗!AERA dot.ネットニュース総選挙」を開催しました。「ReStart」をテーマに、AERA dot.の記者サポートの下で慶應義塾大学・デジタルハリウッド大学・日本大学芸術学部・流通経済大学に所属する大学生たちがネットニュース記事を取材・執筆しました。ニュースイッチではこの企画を後援し、完成した記事の中からニュースイッチの読者の皆さんに最も紹介したい記事を「ニュースイッチ賞」として表彰しました。ここに、ニュースイッチ賞を受賞した日本大学芸術学部の記事「“タックル騒動”から4年 日大アメフト部はいま」の全文を掲載します。
(以下は2022年9月に『AERA dot.』にて公開されたものです)
全日本大学アメリカンフットボール選手権大会、21回優勝。これは日本大学アメフト部フェニックスの誇るべき戦績だ。しかし、フェニックスが背負うのは栄光だけではない。2018年、大きな物議を醸した“悪質タックル騒動”から4年。果たして、彼らはどう変わったのか、その現在地を探った。
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2018年5月6日、フェニックスにとって宿命のライバルである関西学院大との定期戦。無防備な相手選手に対し背後からタックルを仕掛け、全治3週間の怪我を負わせた。以来、日大アメフト部は世間からの強い批判と、厳しい視線に晒された。
今年9月、世田谷にある練習場を訪ねると、伸びやかな声が響いていた。練習に励む学生の表情は実に豊かなのだが、ひとたびプレーが始まればその眼差しは、獲物を狙って滑空する猛禽の鋭さを宿す。学年やポジションを問わず盛んな声掛けが交わされ、その活気の中には確かな緊張感も同居しており、かつてのワイドショーでよく見た“軍隊的”な香りは薄いように見える。
この雰囲気の秘訣を、2人の共同主将に尋ねた。安東竜志・共同主将(4年=LB:ラインバッカー〈ディフェンスの司令塔〉)は、ちり一つない清潔なミーティングルームでこう語った。
「今年から、4人か5人で1組の『グループトーク』を練習前に行っています。学年やポジションもごちゃまぜで『今日の練習の目的』や『なぜアメフトをしているのか』など様々なテーマで話し合うんです。下級生や別のポジションの選手とは普段話す機会が少ないので、相手の本音や性格を知ることができて、より接しやすくなりましたね。練習でも、相手に伝わりやすい適切な声掛けができるようになったと感じます」
山下宗馬・共同主将(4年=WR:ワイドレシーバー〈オフェンスの両翼〉)も、グループトークの効果についてこう話す。
「学生主体で意見を出し合い、それに対して、監督やコーチの方々から『こういう風にしたら』という助言を頂く形です。今のフェニックスは、以前のような上下関係の厳しさや、上の人に意見をしづらいという雰囲気はないと思います」
実直に語られる彼らの曇りない言葉には、確かな責任感と細やかな気遣いの徹底があった。
4月から新指揮官 新しい風吹き込む
この「グループトーク」という仕組みを導入したのは、今年4月から新たに指揮を執る中村敏英監督だ。中村監督は、フェニックスのOBでもあり、人事コンサルタント会社の代表も務める異色の経歴の持ち主。指導の理念は、「学生を主役として輝かせる」ことだという。
「監督の言うことにただ従うのでなく、一人ひとりが自ら考えて主体的に行動できるように、学生本人たちの話し合いの場を大切にしています」(中村監督)
グループトークでは女性スタッフやマネージャーを含めた部全体で参加し、人の意見に対して軽率な否定をしないことと、全員が必ず話すことを原則としている。そして、最後にグループごとに意見をまとめて、チーム全体へ共有する形だ。
「いい意見を出しても、引っ込み思案の学生はなかなか前に出られない。すると他のメンバーが『ちょっとあいつの話、聞いてもらえます?』というように推薦する。このディスカッションを通じて、『自分が話してもいいんだ』という肯定感を育てます」(中村監督)
こうした日々の蓄積によって信頼関係を育み、会話に奥行きと豊かさをもたらしている。ではなぜ、コミュニケーションを重視するのか。中村監督はこう説明する。
「就任時に驚いたのは、選手が『コロナの影響で、入学して以来、同級生でも遠いポジションの選手とは腹を割って話したことがなかった』と言ったこと。実際、選手たちに『仲いいのか?』と尋ねると、『仲いいです!』と返ってきますが、名前が挙がるのは身近なポジションの2~3人。よく聞いてみると、チームメイトとほとんど話す機会がない状況だったんです」
相互理解と信頼関係の構築。それこそが、常勝フェニックスを作る最重要課題であると感じたという。
「例えば、新人の女性スタッフ。彼女たちは試合にこそ出場しませんが、こういう人たちが、『本当に勝ちたい』と思っているチームほど勝負に勝つ。彼女たちが相手の戦術に気付くことだって有り得ますよね。そういう時のために、チーム全員に『君もチームの一員だから、話をして欲しい』ってことを伝えています」(中村監督)
タックル問題からのリスタートはできたのか
日本大学の不祥事は枚挙にいとまがなかった。かつてのフェニックスに課せられていた勝利は、果たして大人の自己満足ではなかったか。学生を主役に据えた現在のフェニックスでは、勝利の形も追求しているという。ある日のグループトークでの出来事を山下・共同主将が、話してくれた。
「自分たちのスローガンは、『誰もが認める日本一』。これについて話していて、結果ももちろんですが、人間性でも誇れるようにという意見が出ました。スポーツなので結果が大事。ですけど、チームスポーツの目的はそれだけじゃない」
山下・共同主将はメンバーに、「アメフトはプロの世界がない。社会人になればプロではなく、普通の社会人として生活する。そのための基礎を作ろう」と話したという。
「そうしたら、一緒に話していたメンバーの1人が、“誰もが”の内には、チームメイトや自分の親なんかも含まれていると。他人に認められる前にまず自分でやり切ったと胸を張れるまでは最低限やらないと、周りも認めてくれないと思う、と話してくれた。これが印象的でした」(山下・共同主将)
かつてのタックル問題は、あまりにも多くの人を傷つけた。勝利を欲するあまり、指導におけるコミュニケーションが欠けていた。それらはやがて、様々な問題に波及し、その波紋は世間の偏見や有望選手の他校への流出といった形で自らの身に返ってきた。
そうした過去からの新生を図るフェニックスの取り組みは、着実に実を結びつつあるようにも見える。
だが、安東・共同主将は、フェニックスのリスタート(再出発)は「まだ」と言う。
「甲子園ボウルに出場して、優勝すること。それがリスタートの条件なので。あくまで目標は日本一。勝たないと誰も認めてくれませんから、リスタートもできません。でも、今年は勝てなかった」
この取材の最中に、フェニックスは10月8日の慶應義塾大学戦に敗れたことで、リーグ優勝の目を失った。目下は、来年に望みをかけ、1部リーグ残留を目標に据えるという。安東・共同主将は続ける。
「だから来年、フェニックスが日本一になるために、今は1部リーグに残留することが目標です。負けてしまったので、僕らの取り組みは正しいと証明できなかった。これ以上負けて、降格してしまうと日本一を目指すことすらできなくなる。だから、一から作り直すつもりでプレーしたい。その状態を引き継いで、また来年、後輩たちには日本一を目指して欲しい」
山下・共同主将も語る。
「僕も同じ気持ち。結局、先輩が何を残せるかって言ったら、全員に見える結果しかない。一番最低限の目標としてトップ8に残るというものがあり、まずはそこに向かって頑張ろうと思っています」
彼らは卒業までの有限な時間をアメリカンフットボールに捧げ、全国の頂点を目指してきた。しかし、勝負の世界では結果がすべて。その掟は未来永劫、変わることはない。だが、彼らの残した戦績と共に、新しいチームの形も必ず次の世代に受け継がれる。薪は情熱によって着火した。この火柱から不死鳥の雄渾な翼の広がる日。やがて甲子園ボウルを制覇するその日も、決して遠くはないはずだ。
(文・撮影/日本大学芸術学部チーム)
取材・執筆に参加した日本大学芸術学部のメンバー
滝本 爽さん/廣田 真樂さん/國重 勇人さん/山口 可奈さん/植松 謙太郎さん