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ゴム金型製造60年の町工場が作る「好きな香りを纏えるピアス」

ゴム金型製造60年の町工場が作る「好きな香りを纏えるピアス」

「ALMA Aroma Pierce(アルーマ アロマピアス)」

好きな香りを纏えるピアス、「ALMA Aroma Pierce(アルーマ アロマピアス)」。蓋部分を開けてアロマオイルなどを染みこませたコットンを入れることで、香りがピアスから柔らかく広がる。アルマイト染色による美しい発色と光沢が特徴で、傷もつきにくい。アルミ製で水洗いが可能なため、香りを入れ替えることも容易だ。

本体内部にコットンを置いて香りを染みこませる
 このピアスを手掛けたのは、ゴム金型の設計・製造を行う創業60年の石井精工(東京都墨田区)。2016年に自社ブランド「ALMA(アルーマ)」を立ち上げ、ピアスと同様に好きな香りを持ち運べるボタン型のピンズなどを製造販売している。「事業として売上が立ったことはもちろん、人材獲得にもつながった」と同社の石井洋平取締役統括マネージャーは話す。

針にこだわり

「会社を知ってもらいたい」というのが、同社の自社製品開発のきっかけの1つ。自動車部品、医療機器など幅広いゴム部品の金型を製造しているものの、会社名が表に出ることは少ない。また、石井取締役自身もともとインテリアが好きで、インテリアコーディネーターの資格を持っていた。「自社技術を活かしてインテリア製品を作ってみたい」という思いもあり、15年ごろから取組みをスタートした。
 「ただ、初めは何から行えばいいのか分からず、インテリアショップなどに置いてある製品を見てはデザイン会社に直接連絡する、といったことを行っていた」と石井取締役は振り返る。その過程で墨田区の「ものづくりコラボレーション事業」を知り応募。製品開発を開始した。

上段にはゴム金型関連の試作品、下段にアロマピンズが並ぶ

同社の強みを生かせる製品を試行錯誤していく中で、使いこなせず遊休機械となっていたNC旋盤に光が当たった。旋盤は、陶芸のろくろのように材料を回転させ、工具で穴を開けたりねじ切りを削ったりという加工が得意な機械。これを自社製品に活かすべく、機械を扱える担当者を巻き込んで勉強しながら試作品を作っていった。

第一弾の製品として完成したのが、「ALMA Aroma Pins(アルーマ アロマピンズ)」。ボタンのようなデザインの蓋を回し開け、中にコットンを置いてアロマオイルや香水などの香りを染みこませる。
 こだわったのは針の部分だ。通常のピンズは本体部分と針を接着しているものが多いが、アルーマシリーズでは本体部分と一体で削りだされており、強度がある。折れずに細く長く削りだすには技術が必要だ。「コストがかかるので接着でもいいのではという意見もあったが、町工場が作るからには一体成型にこだわりたかった」と石井取締役は力を込める。

本体の裏に針を削り出す

アルーマシリーズは自社ECサイトのほか、全国の雑貨店や百貨店、ショッピングモールなど数十店舗で販売しており、累計販売個数は2万個以上。色や形のバリエーションも増え、現在14種類(色違いを含む)をラインアップしている。消費税込みの価格は4,290円~6,490円。プレゼント目的の購入を見据え、価格設定を5,000円前後にしたことが奏効し、売上を伸ばしている。

ブランドの幅を広げる新製品

「(アルーマは)事業として、細く長く継続したい」と石井取締役は話す。企画開始から継続をしっかりと見据え、デザイン会社選定時には作った先の販路を持ち、計画を提示してくれたというセメントプロデュースデザイン(大阪市西区)に決めた背景がある。

そして、「製品のバリエーションを増やすことでブランドの幅を広げたい」という意図から、23年2月にアロマピアスの販売を開始した。本体の構造はピンズと共通化し汎用性を持たせた一方、針部分は数ミリメートル長くなっている。また、色のバリエーションも従来に比べはっきりとした発色が揃う。消費税込みの価格は13,980円。
 30~40代の女性をターゲットに据え、インスタグラムでの発信を積極的に行っている。「これまでの製品の購入層は男女半々だったが、今回は女性に振り切っているので販売などでの違いに難しさはあるが、ブランドの成長につなげたい」と石井取締役は話す。妹の石井彩菜氏がピアスの企画やプロモーションを担当しており、「ギフトショーで紹介したところ、女性たちから良い反応をもらえた」という。2月24日から4月29日までクラウドファンディングを実施中だ。

アルーマの効果は売上だけではない。「コロナ禍の3年間で5人を採用した。人材募集時には自社ブランドを持っていることがポジティブに捉えられている」と石井取締役は実感する。
 また、金型製造の受注生産にはない工程管理や品質管理などのノウハウの蓄積や、加工技術を習得することができ、社内のスキルアップにつながった。開発を始めた当初、メンバーは石井取締役1人だった。社内から冷やかな目で見られることもあったというが、製品ができ、パッケージができ、売上がついていくうちに潮目が変わり協力体制が広がっていった。「現在、生産体制は現場に任せている」(石井取締役)。

石井取締役

今後は自社ECサイトの強化を行うほか、海外への拡販も視野に入れる。現在、台湾、上海、香港に加え、韓国での販売も開始。「国内で“香害”という言葉が広まってきたように、海外でも『周りに香らせる』より『自分だけ香りを楽しむ』方向にシフトしている」と石井取締役は話す。香りのトレンド変化と新製品を追い風に、さらなるブランド成長に期待がかかる。

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昆梓紗
昆梓紗 Kon Azusa デジタルメディア局DX編集部 記者
ブランド構築とともに、人材育成や環境改善など社内改革を積極的に進める石井取締役。工場2階の空きスペースを改修し、休憩や会議、仕事ができるとてもおしゃれな部屋を作るなど、イメージアップに取り組んでいます。 自社ブランドを手掛けていると、華やかさに惹かれて入社する人も多いと言いますが、製造現場は華やかなだけではありません。採用時にはしっかりと仕事内容や社内の状況を伝え、お互いの希望を確認しミスマッチを防いでいるそうです。

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