半導体の街で愛される日式町中華
誰でも海外に、人生でもう一度行きたい飲食店、自分だけが知る味があるだろう。企業経営者や学者は若かりし頃の思い出飯を懐かしむ。今まさにビジネスの最前線で戦う海外駐在員はガイドブックに載っていない地元の名店で自らをねぎらう。新型コロナウイルス感染拡大防止の水際対策が相次ぎ撤廃され、国・地域をまたぐ人の往来は復活しつつある。そこで、経営者など推薦者の話を基に、畑違いの経済記者が現地を訪れて店や街をリポートする。第1弾は日本人の旅行先ランキングで常に上位、最近は半導体でも有名な台湾だ。
「一二三餐館(新竹市)」
ここは半導体の街、新竹市における日本人の「聖地」だ。町中華の雰囲気いっぱいの店内は壁に名刺がびっしりと画びょうで留められ、どれもなじみの社名ばかり。食事した客が来店の証しに残していったものだ。そのなかには今はなき会社や組織もあり、日本半導体史の1ページをめくり見ているようだ。
20年以上通う田中氏の一押しは「トマトの卵炒め」だ。一般的な台湾料理の味付けは総じて甘め。かつて砂糖が高級品で豊かさの象徴だった時代の名残から甘くするのだとか。日本人が抱く中華料理のイメージと異なり、数日食べ続けると飽きてしまうケースが少なくない。
このトマトの卵炒めも甘めのソースを絡めてあるが、トマトの酸味が良いアクセントとなる。絶妙なバランスの一品は白飯との相性が最高で、田中氏は必ず白米の上に甘酸っぱい卵炒めを乗せてかきこんだという。
「イカ団子揚げ」もオススメだ。塩をかけただけのシンプルな味付けだが、揚げたてをいただくとイカのうま味が口いっぱいに広がる。この店の創業者はもともと日本統治時代に日本軍のコックをしていたといい、どのメニューも日本人好みなのがうなずける。
日の丸半導体の栄枯盛衰を感じる
田中氏が台湾を訪れるようになったのは1990年代初頭からで、半導体製造などに使う特殊ガス販売で独立する前の栗田工業時代にさかのぼる。ただ、当時と今では日本と台湾の立場は180度変わってしまった。
90年代初めはまだ日本が半導体大国としての存在感を維持しており、日本と台湾の関係は師匠と、教えを請う弟子だった。田中氏と台湾の縁も、技術指導役の日系半導体メーカーに随行したのがきっかけ。田中氏はその後も新竹市に何度も出張し、一時は住んだこともあるという。
そんな時代も今は昔。日本側が台湾積体電路製造(TSMC)に頭を下げて熊本県に工場をつくってもらう主従逆転が現在の姿だ。一方、米IBMの力を借りて先端半導体量産を目指す国策会社「ラピダス」は北海道千歳市に工場を建設する。
一二三餐館と同じように半導体産業の栄枯盛衰を見てきた田中氏の目には日本復活の道筋が映っているだろうか。(編集委員・鈴木岳志)
店舗情報
店名:一二三餐館
住所:台湾新竹市府後街17号
TEL:0916250360・5225670
営業時間:17時半から0時まで(ラストオーダー23時)
定休日:毎月最終日曜日
※情報は取材当時、最新情報は直接問い合わせをお願いします。