「量子コンピューター」商機探る総合商社、それぞれの戦略
総合商社が量子コンピューターをめぐる商機を探る動きが目立ってきた。量子コンピューターは、2040年には古典コンピューターと比べ計算時間を1兆分の1に短縮できるといわれる。総合商社はあらゆる産業と接点があり、社会課題を熟知している。その強みを生かしビジネスの種を探る。量子コンピューターが実用水準に達すると予想される30年を前に、すでに商用化に向け準備を始めるケースも出てきた。(編集委員・中沖泰雄)
渋滞のない社会実現へ 交通系アプリ実証
豊田通商は渋滞のない社会の実現を目指し、デンソーと交通系アプリケーションを用いた量子コンピューターの実証実験をタイで実施している。同国のタクシーとトラック約13万台に取り付けた専用車載器から収集した車両位置データや走行データを量子コンピューターでリアルタイムに処理する。渋滞解消や緊急車両の優先的な経路生成など新しいアプリ提案につなげる考えで、一定の成果を確認した。
40年には量子コンピューターによって世界で100兆円規模の価値が創出されるとするデータもある。現在、企業の取り組みの多くは、将来を見据えた実証実験の段階だが、総合商社ではすでに商用化を模索する動きもある。
物流業界では、24年度に法律で運転手の時間外労働の上限が年間960時間に規制されることを契機に、さまざまな混乱が起きる「2024年問題」が危惧されている。問題回避の手段として期待されるのが、長距離輸送を複数の運転手で分担する中継輸送の実用化。
だが交通状況や運転手の拘束時間・移動距離、中継拠点の場所、運転手同士の待ち合わせ時間、契約事項などを踏まえてマッチングする必要がある。住友商事は、その「組み合わせ最適化」を量子コンピューターで解決しようと試みる。25年3月末までにトラックシェアリングや輸送ルート最適化などのサービスも始める。
三井物産は米英クオンティニュアムと協業した。同社は量子コンピューターそのものだけでなく、外部の多様な量子コンピューターのパフォーマンスを最大化するミドルウエアの両方を開発しており、ソフトウエアとハードウエア両方の技術を持つ。
化学素材シミュレーション 高速化で新素材開発
同社のこうした強みを活かし、三井物産はアジアで化学素材シミュレーションの提供を化学メーカー向けに始めた。シミュレーションを高速化し、新素材の開発につなげる。また通信時のセキュリティーを高める「暗号鍵」の提供を金融機関や通信会社向けに始めた。
また三井物産はアジア10カ国で約80病院を展開するアジア最大級の病院グループであるマレーシアのIHHヘルスケアに資本参加するなどヘルスケア事業に力を入れる。戸田詩門量子イノベーション室長は量子コンピューターを使い「個別化された医療につながるデータ解析ソリューションを提供したい」と言葉に力を込める。
丸紅は「今の量子コンピューターは実用化レベルに達していない」とするが、量子コンピューターの活用を前提に、古典コンピューターで、産業廃棄物を収集運搬するトラックの配車計画を自動化するソリューションの提供を始めた。精度は「人手に比べて同等以上」という。さらに量子コンピューターが実用化されれば、「10―20%の効率アップを想定している」。
量子コンピューターの実用化が見込まれる30年のタイミングで事業展開をスタートさせるようでは遅い―。総合商社は危機感を強めている。
豊田通商のスマートソサエティ事業推進部の森一憲部長は「量子コンピューターでしか解決できない課題を見つけることが、最大の課題だ」とアンテナを高く張る。課題が大きいほどビジネスは大きくなる。「さまざまな産業の課題に触れられる総合商社の強み」(森部長)を発揮する時だ。
人材育成・採用を推進
量子コンピューターの社会実装にはエラー訂正など技術的なハードルがあるが、「人材」という課題も見逃せない。
三井物産がクオンティニュアムと組んだのは人材強化という狙いもある。三井物産の濱野倫弥量子イノベーション室プロジェクトマネージャーは「(クオンティニュアムは)自社にさまざまな専門チームがあり、広い領域で優秀な人材を有する」と紹介する。濱野プロジェクトマネージャー自身も、三井物産の量子コンピューター人材の第1期生として19年4月に採用された。
企業が人工知能(AI)人材の採用を進めた時に労働市場でAI人材が不足したことを踏まえ、同社はデジタル変革(DX)に高い知見のある人材の採用を進めている。
豊田通商は量子コンピューターに関する企業向けコミュニティー「QPARC」を運営するQunaSys(キュナシス、東京都文京区)への出資を通し、人材育成につなげる。QPARCは、材料開発に携わる企業の研究者が量子コンピューターや量子化学計算の基礎を学べたり、ユースケースを探索したりできるプログラムを提供している。また豊田通商は人材確保も見据え、展示会への出展やセミナーの開催を積極化している。