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産総研が挑む「心的エネルギー」可視化で出来ること

サービスを客観的に評価

産業技術総合研究所(産総研)では、人間の心的状態を客観的に捉えるため、人間計測技術を開発し、人間活動を理解するための理論を考案している。特に、作業している人間の脳で、どのような情報処理にどのくらいの「心的エネルギー(専門的には注意資源と呼ばれる)」が投入されているかを、脳波を用いて可視化する技術の開発に注力している。

例えば、自動車のドライバーは同時並行で、自車の周辺を見て(視覚処理)、自車の位置取りを考え(認知処理)、ハンドルやブレーキを操作(運動処理)している。私たちが開発した計測技術は、どの程度の心的エネルギーが視覚、認知、運動処理に投入されているかを、3―5分程度の単位で可視化できる。

心的エネルギーの可視化によって、作業への集中度やどこに注目しているのか、何に努力を払っているのかを推定できるようになる。また、心的エネルギーの投入の状態は感情の状態とも相関するため、作業の楽しさも推定できる。楽しくなる、集中できるなど、心的状態の変化を意図している製品やサービスがある。私たちの計測技術を用いれば、意図した心的状態を実現できているかが客観的に評価できる。

作業にどのくらいの心的エネルギーが投入されるかは、作業に関わる人間の能力と作業の難しさとの関係で決まる。能力と作業の難しさがうまく釣り合っていると、作業が楽しくなり、作業に対する動機づけが高まり、作業効率が上がる。そして、作業がうまく遂行できたという自己評価は、さらに難しい作業に挑戦する意欲をかき立て、それは自己の能力拡大と成長につながる。

心的エネルギーに関する理論は、労働力不足や幸福感の喪失が社会問題となる中、新たな製品やサービスの方向性を考える際に広く活用できる。「前向きな心的状態」と「高い作業効率」を同時に満たす環境を実現するため、心的エネルギーの視点からの理論と方法は、本格的に取り組むべき課題と考えている。

産総研 ヒューマンモビリティ研究センター 認知機能研究チーム 研究チーム長 木村元洋

北海道出身。教育学博士。生理心理学(特に脳波)が専門。(1)リアルワールドで活動する人間の心的状態を捉えるための計測技術の開発と活用、(2)人間活動全般を理解するための包括的理論の構築、(3)人間の脳の情報処理の原理原則の解明が、現在の研究活動の三本柱。

日刊工業新聞 2022年11月24日

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