成熟の「放射光計測」、AIと自動化で生む次の付加価値
巨大な加速器を運用する放射光計測と研究室の分析機器を結ぶ技術開発が進んでいる。放射光施設で大視野を撮影し、人工知能(AI)技術でパターンを見つけ、重要な部分を研究室の電子顕微鏡で押さえる。高エネルギー加速器研究機構(KEK)の小野寛太特別教授・大阪大学教授は放射光計測をクラウドサービスのような便利なツールに変えるための研究を進める。日本の研究開発型産業を支えるインフラを作る挑戦だ。
「放射光計測は成熟した。次の付加価値をAIと自動化を組み合わせて生み出したい」と小野教授は説明する。高エネ研のフォトンファクトリーは稼働開始から40年。理化学研究所のSPring-8は25年が経過した。この間、装置の改良を重ね、物質科学や生命科学に欠かせない計測手法となった。
ただ放射光施設に試料を持ち込み数日かけて計測し、得られた巨大なデータを数カ月かけて解析するという研究風景は変わっていない。これを郵送で試料を送ったら計測データと解析結果が返ってくるモデルに変える。小野教授は「コロナ禍で遠隔運用が浸透した」と振り返る。
カギとなるのがAIと自動化だ。量子科学技術研究開発機構の上野哲朗主幹研究員・阪大招聘研究員は放射光計測の終了をAI判定する技術を開発した。物性研究では一つのスペクトルを得るために条件を変えて200―300点を計測する。条件をAI技術で最適化し40点で十分な精度になると実証した。スペクトルから求まる物性値は40点以上とっても変わらず、計測を効率化できる。
放射光計測と研究室の分析機器を結ぶ研究も進める。放射光で10億画素や1億画素の大視野高解像度で撮影してAI技術でパターンを抽出する。これなら1センチメートルの領域を10ナノメートル(ナノは10億分の1)の解像度で計測しても原理的に見逃しが起きない。重要なポイントが特定できれば、研究室の電顕で局所を観察すれば済む。
このデータは8K画像4枚分の画素一つひとつにスペクトルデータが含まれる短い動画のようなデータ構造になる。動画識別はAI分野で発展目覚ましい分野だ。小野教授は「干し草の山から針を探す仕事をAIで愚直にやる」と説明する。
放射光計測が簡便になれば研究開発型ベンチャーや中小企業にも手が届く。計測コストを払うのでなく、時間と解析結果を買う高付加価値モデルになる。成熟した放射光施設をいくつも抱える日本の強みになる。(小寺貴之)