自動車部品関連企業がブロックチェーンに投資する理由とは
新規事業を模索する中堅中小企業は多い。創業100周年をこえる自動車部品メーカーソミック石川が中核のソミックマネージメントホールディングス(静岡県浜松市)もそのひとつだ。2030年に(現行の約4倍となる)売上高3000億円を掲げる同社はどのような方針で新規事業に取り組んでいるのか。創業家出身の石川彰吾さんとその右腕の大倉正幸さんにスタートアップ企業「スマートドライブ」の北川烈が迫る。
社員が幸せになれるならブロックチェーンにも出資する
北川 新規事業については、何を判断基準にしているのでしょうか。話を伺っていると、あえて狭めていないような印象です。
石川 その通りですね。実際、あまり基準はないんですよ(笑)。人が困ったり、悲しんだする事業領域には手を出さないと決めているくらいで。
北川 「自社の事業に関係しない事業は手を出さない」というわけではないんですね。
石川 今やるかどうかは別にして、制約はあえてかけていません。事業内容よりも、その事業によって人が幸せになれるか、人間的な尊厳を取り戻せるかを重視しています。
北川 そこは私も同じですね。100年後の非常識を可能な限り解決して次世代につなげる気持ちでやっています。100年前の常識の大半は今、通用しません。同じように100年後から見たら今の人間の行為は非常識なんですね。未来の非常識を解決して、次世代につなげたい。「昔って2トンの鉄の塊を人が運転してて、人が死んでたんだよ」とおそらく驚いている。だから、データを使って、そうした世界を変えられないかなと考えたのが、モビリティー業界に入ったきっかけですね。
石川 発想は同じですね。ただ、GAFAが手がけるようなデカいことはできないし、やる気も全然ない。一方で、マイクロ過ぎる部分も僕たちがやらなくていいんですね。結果的に自分たちの会社の規模を忘れなければ、やるかやらないかは定まるとも思っています
大倉 私も石川も子どもや孫の世代が本当に自分たちがやりたいことをやれる社会であってほしいと考えています。そこに向かってベクトルが向いてるかが一つの判断基準ですね。だから、働いている人をきつい労働から解放するテクノロジーにも投資しますし、ブロックチェーンの会社にも出資しています。
北川 ブロックチェーンですか?
大倉 はい。お金以外の価値のあるものをブロックチェーンを使って可視化できないかと考えています。例えば「ありがとう」をブロックチェーンで指数化しようという議論がありますよね。ブロックチェーンは改ざんできない形で記録されるので、信用の尺度として使えるのではと関心が寄せられています。私たちもそうした技術を使って、会社の運営に役立てられないかなという発想です。会社では当初、「大倉が会社のカネを仮想投資につぎ込んだ」と誤解されてい大騒ぎになりましたが(笑)
理想の実現にはリーダーがバカになれ
北川 最近はビジョンの重要性が訴えられています。ただ、明文化し、社員で共有しても、実現するのは簡単ではありません。「持続可能な社会を実現する」、「日本の社会課題を解決する『ソミックソサエティー』をつくる」と訴えても社内ではぽかーんとされませんでしたか。
石川 ぽかーんとされました(笑)。たぶん、逆の立場ならば私もぽかーんとします。ですから、これは、しつこく言い続けるしかないんですよ。
北川 やっぱりそうなんですね(笑)でも、言い続ければ、みなさん納得するんですか?例えば会社が30年後に目指すべき姿は、みんな納得してくれるかもしれません。ただ、難しいのは、30年後と、1~2年後が矛盾するときがよくあるんですよね。「将来像はわかるけれども、品質検査にAIが導入されたら私の仕事がなくなるのでは」と不安になる人もいるはずです。この矛盾を乗り越えるために工夫はされていますか。
石川 実はあえて細かく説明しないんですよ。
北川 えっ。
石川 もちろん、目指したい世界観は語っています。私と大倉はしつこく語りすぎて一時期は完全に危ない人だと思われていました(笑)。ただ、怪しいと思われるくらい熱く語らないと、伝わりません。指摘されたように、「俺の仕事がなくなる問題」になるんですね。「ソミックソサエティーとか言っているけれどこれはリストラなのか」と。だから、細かくは語らないけれども、大枠を何度も説明します。『外部環境が激変していますが、これは会社が成長する機会でもあります。今やらないで、いつ新しいことをやるんですか』と。そうすると、みんな考えます。今の仕事がなくなっても新しい仕事が増えるのではないかと。クビでなくて、新しいチャンスが生まれるかもしれないと。声がかれるくらい語り続けたんで、私たちもようやく怪しい人だと思われなくなりつつあります(笑)
北川 リーダーの熱意が怪しさも吹き飛ばすと。でも、細かいことは語らない。
石川 何となく同じ方向を向いている状態が健全だと思うんですね。社会も会社もメンバーが多様な方が普通ですよね。だから、「これでなくてはならない」と断定はしません。働き方やキャリアに関しても、こういうパターンもあれば、別のパターンもあるよと選択肢を常に用意するようにしています。価値観、考え方は人それぞれだから、最低限のコンセンサスがあればいいんですよ。衝突は絶対にゼロにできませんが、選択肢があれば緩和は可能ですから。
大倉 「語り部でもあるわれわれが先導者でもあれ」とは肝に銘じています。当たり前ですが、事業はうまくいくことばかりではありません。ただ、私や石川は失敗しても『ああ、仮説のひとつが間違っていたか』くらいの認識ですが、社員の中には人生が終わったくらいに落ち込む人もいいます。失敗を恐れて縮こまってしまう社員も少なくありません。だから、私たちが先頭を走って意図的にバカになることで「大倉さんもミスってるんだ」と安心感を与えられるんですね。語ることも大事ですが、リーダがまずはやって、時にミスる。これが今、会社としてはプラスに働いていますね(つづく)(構成 栗下直也)
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北川烈(きたがわ・れつ)スマートドライブ 代表取締役(CEO)。慶応大学在籍時から国内ベンチャーでインターンを経験し、複数の新規事業立ち上げを経験。その後、1年間米国に留学しエンジニアリングを学んだ後、東京大学大学院に進学し移動体のデータ分析を研究。在学中にSmartDriveを創業し代表取締役に就任。
石川彰吾(いしかわ・しょうご)ソミックマネージメントホールディングス 取締役 / ソミックトランスフォーメーション 代表取締役。静岡県浜松市生まれ。オハイオ州立大学卒業後、自動車メーカーで国内4輪工場にて生産管理業務、インドへの駐在を経験した後、自動車部品メーカー、ソミック石川へ入社。創業106年の企業再編を推進中。
大倉正幸(おおくら・まさゆき)ソミックトランスフォーメーション 代表取締役 / ソミックマネージメントホールディングス 取締役 / ソミック石川 取締役。三菱UFJ銀行、DENSOなどを経て、企業再生、事業企画、海外事業、M&A、スタートアップなどの領域を数多く経験。2019年より現職。