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“危機感”共有のリケンと日ピス、統合の経緯と電動化時代を生き抜く戦略

“危機感”共有のリケンと日ピス、統合の経緯と電動化時代を生き抜く戦略

リケンと日ピスは車の電動化が加速していることに対する危機感を共有し、経営統合に合意した。7月の会見で笑顔をみせる前川リケン社長(左)と高橋日ピス社長

ピストンリング大手のリケンと日本ピストンリングが、2023年をめどに経営統合する。開発や生産でシナジーを創出し、既存の内燃機関部品事業で海外市場を攻めて世界シェアを拡大。収益力を高めて自動車の電動化を見据えた新規事業を育成し、持続的成長を実現する構想を描く。電気自動車(EV)の台頭で多くの内燃機関部品メーカーが変革を迫られる中、統合という決断を下したリケンと日ピスが描く戦略に視線が集まる。

【加速する車の電動化、危機感共有】共同持ち株会社「リケンNPR」設立

「当初は、両社で製造工程の分担など部分最適化や、一部のビジネス領域で連携できればと考えていた」―。リケンの前川泰則社長は明かす。同社と日ピスが提携に関する議論を開始したのは21年春頃。リケン側から日ピス側に声を掛けた。新型コロナウイルス感染症拡大や長期化する部品不足による生産の停滞など、自動車業界を複合的なリスクが襲い、先行きの不透明感が増していた。

中でも両社を動かす契機となったのは、電動化の流れ。欧州では15年に発覚した独フォルクスワーゲン(VW)のディーゼル不正問題をきっかけに、一気に電動化が進んだ。リケンと日ピスは、30年前後を内燃機関のピークアウト時期と捉えてきたが「EV化のスピードが当初の予定より早くなっている」(前川社長)と危機感を募らせた。

国内では政府が30年度に温室効果ガスの排出量を13年度比46%削減、50年にカーボンニュートラル(温室効果ガス排出量実質ゼロ)の実現を目標に掲げ、完成車メーカーも相次いで電動化戦略を発表。日ピスの高橋輝夫社長も「ここ3年は特にEV対応が進んでいる」と肌で感じたという。

部分的な連携ではなかなか大きなシナジーが生み出せない―。長く競合関係にあった両社だが危機感を共有し、統合という大きな決断を7月に下した。

リケンと日ピスは統合シナジーを創出し、ピストンリングなど内燃機関部品で世界シェア拡大を狙う(日ピスの製品サンプル)

両社は11月中の最終合意を目指し、株主総会での承認や関係当局の認可などを受け23年4月に共同持ち株会社「リケンNPR」を設立する予定。株式移転により両社がその完全子会社となる見通しだ。さらに3年後をめどに事業会社の統合などの組織再編を実施する方向。

発表後、取引先などの反応は好意的なものが多数を占めたという。高橋社長は「取引先も我々に対し、さまざまな変動要因に耐え、安定供給できる体力を期待しているのでは」と分析する。

ピストンリングの国内市場は現在、リケン、日ピスとTPRの3社で占めている。国内シェアはリケンが約5割、日ピスが2―3割という状況だ。

統合後の戦略については、公正取引委員会のクリアランス取得後に具体的な議論に入り、23年4月までにビジョンや計画を示す方針だが、現段階で既存事業に対するシナジーとして想定するのは、両社の拠点を活用した生産最適化やリソースの共同利用、開発テーマの集中による効率化などだ。

【ピストンリング、世界シェア拡大狙う】収益基盤強化、新事業育成を加速

リケンと日ピスの両社の合算でピストンリングの世界シェアは約3割となる。電動化の流れで長期的には、ピストンリング市場は縮小が見込まれるが、統合によって競争力を強化してシェア拡大を狙う。

前川社長は「国内以上に海外の完成車メーカーとのビジネスにはポテンシャルがある」と期待をかける。もともと、高い性能を誇る日本のエンジンとそれを支える内燃機関部品メーカーは海外でも評価が高い。「ここ5―10年は海外でのシェア拡大を目標に非日系の顧客と関係を構築してきた」とし、「近年、リケンの名前はかなり浸透してきている」と自信をみせる。

北米ではリケンがメキシコ、日ピスが米国に拠点を置くなど、海外において比較的拠点の重複が少ない点もグローバル展開において有利とみている。「エンジンも環境対応で低燃費、高出力を実現する技術が求められている。両社のトップクラスの技術を持ち寄れば世界を席巻できるのでは」と高橋社長も強気だ。

欧米のピストンリング市場では米テネコ、独マーレなど海外メーカーが強い。リケンと日ピスは両社の知見を掛け合わせ、ソリューション提供型の開発営業や、シミュレーションなど評価解析の対応力を強化し、海外メーカーの牙城の切り崩しを図る。

格付投資情報センターの中村拓也チーフアナリストは「今回の経営統合は顧客基盤の充実や事業の効率化、開発力の向上に寄与し、両社にとって収益基盤の拡充につながるだろう」と指摘。同時に「規模拡大を背景に新たな事業や新製品へのリソースシフトも可能になる」と説明する。既存事業の効率化やシェア拡大により得た収益を原資に、次のコア事業育成を加速することも統合の狙いだ。

自動車エンジン事業の売上高比率は、リケンが約65%、日ピスが約85%と現状は内燃機関部品への依存が大きい。将来的にはEVシフトでこれらの部品の縮小は避けられず、新たな収益源となる新規事業の育成が急務だ。リケンは水素エンジン開発や熱エンジニアリング、電磁環境適合性(EMC)事業などに参入している。 

日ピスは材料技術を生かした医療機器事業や電動化・ロボット事業などを展開している。同社は非自動車エンジンでの売上高比率を現状の15%から30年度には40%にする目標を掲げているが、統合後の体制では「より高い数値を設定する必要がある」(高橋社長)とする。

キャッシュだけでなく人的資源の再配置も検討する。「新製品開発のための人材が不足している。現在、内燃機関の開発に携わっている人材を新事業に充てることも考える」(前川社長)。ピストンリングで培った材料開発や精密加工、表面処理などの技術を相互に補完することで新製品開発でシナジーを創出できるかも問われる。

【3強の一角TPR】新事業40年に売上高500億円目指す

国内のピストンリングメーカーはリケン、日ピスに、TPRを加えた3強体制となっている。

TPRは12年に内外装樹脂部品のファルテックを子会社化し、約55・5%(22年3月末時点)の株式を保有する。当時としては珍しい、異なる製品分野を手がける自動車部品メーカーの買収となり、10年にわたり非エンジン領域も強化してきた。

リケンと日ピスと同様にTPRにとっても新事業育成が課題だ。同社は中国・安徽環新集団(ARN)と合弁で中国に技術センターを春に設立し、すでにEV関連など複数の案件に取り組んでいる。EV関連のほかゴム・樹脂やナノ素材などに着目し、新事業で40年に売上高500億円の目標を掲げる。 

日刊工業新聞2022年9月13日

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