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参入相次ぐメタバース、見えてきた普及への課題

参入相次ぐメタバース、見えてきた普及への課題

大日本印刷の「バーチャルプロダクション」。LEDパネル上に立つ人物と仮想空間の映像を即時合成する

印刷や情報通信技術(ICT)各社が、自治体や企業向けメタバース(仮想空間)サービスの実証や提供を進めている。メタバースをめぐっては2021年10月に米フェイスブックがメタへの社名変更を行うなど注目が集まる一方で、ビジネスにおける利用には利便性や技術面で懸念もある。巨大市場に成長するのか、それとも一時的なブームに終わるのか―。メタバース事業に取り組む各社の事例や戦略、課題などを追う。

【自治体向け】街づくり・移住支援に活用

印刷各社は印刷技術から発展した複製・デジタル保存記録技術などを強みにメタバース事業へ参入する。大日本印刷(DNP)は、現実と仮想空間を融合した「XRコミュニケーション事業」を展開。これまで札幌市や、東京都渋谷区などで街づくりに活用されてきた。

7月に行われたメタ主催の展示会では、大型の発光ダイオード(LED)モニターを用いて現実と仮想空間を合成する「バーチャルプロダクション」を披露。LEDパネル上に立つ人物の位置情報をマーカーで測位し、人物と映像を即時合成することで、利用者は仮想空間に入り込んだような体験が可能になる。ただ今後の販売予定は決まっていない。

【企業向け】コロナ禍、新たな顧客接点提供

企業向けではサントリービールと、アバター(分身)でビールづくりができる「BEER iLAND(ビアアイランド)」を展開した。コロナ禍で新たな顧客接点が求められることを踏まえた施策で、第1弾の21年3―12月には、19年度開催のリアル工場見学を上回る37万人が参加。うち若年層は10万人、新規層は26万人と、顧客開拓につながった。

凸版印刷はサッカーJリーグの浦和レッドダイヤモンズ(浦和レッズ)のファン向け空間をメタバース上に構築した。1枚の写真からリアルな3次元(3D)アバターを自動生成する「MetaClone(メタクローン)アバター」で選手を再現。歴代ユニホームやトロフィーの3DCG、写真展などの展示がアバターを介して間近に見学できる。

伊藤忠テクノソリューションズ(CTC)は、メタバース上のビジネス展示会を埼玉県戸田市と実施。社内でも活用を進める3D仮想空間サービス「Virbela(バーベラ)」を用いた「CTC Digital Base(デジタルベース)」を基盤に空間を構築した。

CTCで新規技術を担当する未来技術研究所の三塚明スマートタウンチーム長は「オンライン会議ツールでは、1対Nの会話しか生まれないが、メタバースでは参加者同士でN対Nのコミュニケーションが取れる」と解説。戸田市以外でも、地方移住検討者向けの交流イベントを仮想空間上で実施するなど、自治体からの引き合いが強まっている。

カナダの調査会社エマージェン・リサーチは、世界のメタバース市場規模は20年に476・9億ドル(約6兆4381億円)で、28年には8289・5億ドル(約111兆9082億円)に拡大すると予測している。こうした潜在力に期待する人は多く、日本では通信会社やエンターテインメント企業、大学など多様なプレーヤーの参入が続く。

他方、メタバース市場の雲行きを怪しむ声も少なくない。米メディアによれば、メタバース上で購入する「土地」の平均価格は、22年2月以降下落。6月時点ではピーク時の8割以上も下がったという。

メタバースが盛り上がりを見せた当初は、現実と同様に仮想空間内の土地へ投資して保有する動きが目立ったものの、いつまで続くかは不透明な面もある。メタバース事業に関わる企業は仮想空間を活用したビジネスの有用性を示し、人々の関心を喚起し続けられるか試される。

使い勝手・気密性向上がカギ

情報通信技術(ICT)事業者などが企業や自治体へのメタバース(仮想空間)関連サービスを模索する中、普及に向けた課題も見えてきた。一つは使い勝手だ。メタバースの先駆けとも言われている米リンデン・ラボの仮想空間サービス「セカンドライフ」は、利用する端末や通信環境などの技術的要因が定着の妨げになったとされる。利用には高い性能を備えたパソコン(PC)が必要で、ユーザーが限られた。

「(ゲーミングPCなど)高いスペックが求められるものでは、多くの人が体験できない。ゲームほどではないが楽しく遊べる“電子商取引(EC)以上ゲーム未満”をコンセプトに取り組む」。大日本印刷(DNP)コミュニケーションビジネス開発部の担当者はこう語る。同社は4月、AKIBA観光協議会と共同で「バーチャル秋葉原」をオープン。東京・秋葉原を再現した仮想空間でグッズの購入ができるようにしたり、欧米の漫画・アニメサイトと連携したイベントを開いたりしている。

伊藤忠テクノソリューションズ(CTC)は、自治体とのメタバースイベント開催時、操作方法などに関する問い合わせ対応に自治体職員が追われていたと認識。そこでCTCは今後“イベントプロモーター”として、システム提供から集客、グループ会社のコンタクトセンターを活用した問い合わせ対応などのサービスを包括的に提供したい考えだ。

セキュリティーの向上も問われている。凸版印刷は企業のメタバース活用を想定し、アバター(分身)の唯一性を証明する管理基盤「AVATECT(アバテクト)」を開発した。アバター作成時に、作成者や利用権などの情報を保管。生成したアバターのNFT(非代替性トークン)化や、電子透かし情報の埋め込みにより、唯一性を証明する。

メタバース上ではアバターの行動などに関するルール整備が進んでいない。人工知能(AI)を使って作成された偽映像「ディープフェイク」による犯罪などのリスク軽減に寄与する構えだ。

3月にPwCコンサルティング(東京都千代田区)が日本企業1085社を対象に行った調査によれば、メタバースのビジネス活用を推進・検討している企業は38%。その約半数が1年以内の実現を目標としていた。一方、企業のメタバース活用を支援する企業側からは「『トップからの指令で着手しないといけない』という企業もあり、(活用方法などについて)相談を受けることもある」という声も聞こえる。

MMDLabo(東京都港区)が4月、18―69歳の男女7255人を対象に行った調査では、メタバースについて「全く知らない」と答えた人が56・6%だった。DNPの浜崎克敏XRコミュニケーション事業開発ユニット長は「生活者が使わないことには、メタバースの普及はない」と指摘。一方「(物理的制約などの事情により現実空間での体験が不可能な)人々への合理的配慮として広まる可能性はある」とみる。

生活者の体験価値を底上げするものとして期待されるメタバースだが、逆にそれが損なわれてしまっては本末転倒だ。利用者目線に立ち、使いやすさや情報セキュリティーを担保した上で、メタバースの特性を生かしたサービスを確立しなければ、セカンドライフのような一過性のブームとなりかねない。(狐塚真子)

日刊工業新聞2022年8月22、23日

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