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「10m泳げれば11m泳げる」宝HD名誉会長の経営哲学

大宮 久氏

情報収集に世界中の製薬会社や大学などを訪ね歩いた。「将来性があり、自分たちでストップ&ゴーをかけられ、強い競合他社もすぐに追い付いてくる追随者もいないビジネス」。そんな基準に当てはまる新規事業を探し続けてたどり着いたのが「バイオ」だった。1979年、開発部長として制限酵素の初めての国産に成功。88年には米企業のPCR法による遺伝子増幅システムの国内独占販売権も獲得し、今日のバイオ事業飛躍につなげた。

宝ホールディングス(HD)の大宮久名誉会長が入社したのは68年。その前年に宝酒造はビール事業から撤退しており、会社の立て直しが急務だった。焼酎甲類や清酒といった既存事業に加え、新しい事業の柱をどう構築するのか。発酵技術を使った抗生物質の探索にも着手し、受託生産なども試みたが、他社の先行もあり思うようには進まなかった。

やっと出会ったバイオ事業も、初めての月商は15万円程度。社内から反対意見も出た。それでも事業の将来性を確信し、忍耐強く取り組んだ。

その忍耐力について大宮氏は、小学校の臨海学校での経験を振り返る。「10メートル泳げるようになったばかりの時に、もう少し頑張れば11メートル泳げるはず、11メートル泳げれば12メートルだって大丈夫」と考え、最後は2000メートルを泳ぎ切った。「少しできることを『できる』と言うか『できない』と言うか。物事を肯定的に考え、将来性があると信じたら諦めずに積み重ねて努力する以外ない」と、バイオへの確信はぶれなかった。

海外日本食材卸事業では、米国のすしブームの仕掛け人とされる故金井紀年氏との出会いが印象深いという。「モノを売ると摩擦は避けられないが“文化を売る”ことは競争にならない」という同氏に共鳴。同事業を通じた日本食文化の普及に力を入れる。

「理由を具体的に説明して目標を明確にする、自分たちが置かれている状況について情報を提供する、目標の達成が難しい場合は代替案を実行できるよう現場に裁量権を与える。この三つが人間尊重の経営だ」。大宮氏が説く人間尊重の経営は、祖業の酒造りからバイオ、海外日本食材卸と事業を多角化させてきた過程で得たものだろう。

6月末、およそ30年務めた代表取締役を退いた。「相手の立場になって物事を考える。そういうことが運を呼ぶのかもしれない。振り返ってみればいい方向に転ぶことが多かった」と微笑む。(京都・新庄悠)

【略歴】おおみや・ひさし 66年(昭41)同志社大商卒。68年宝酒造(現宝ホールディングス)入社。74年取締役、82年常務、88年専務、91年副社長、93年社長、12年会長、22年名誉会長。京都府出身、79歳。
日刊工業新聞2022年7月19日

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