「スタートアップ投資の再現度は高められる」。Sozo中村氏の提言
米Zoomやコインベース・グローバル、パランティア・テクノロジーズなど名だたるスタートアップに投資を実施してきたベンチャーキャピタル(VC)、Sozo Ventures。投資先に日本進出の支援を行うなど、投資競争が激しいシリコンバレーで独自のポジションを築いている。
日本では、まだまだスタートアップ投資はリスクが高く、再現度が低いと考えられがちだ。一方、同社のファウンダーである中村幸一郎氏は「スタートアップ投資の再現度は高められる」と言い切る。今回は中村氏の著書『スタートアップ投資のセオリー』をもとに、日本のスタートアップ投資環境の問題点や政府が掲げる支援政策の実現可能性を聞いた。
―日本のスタートアップ投資の問題点がどこにあると考えていますか。
一つは投資の「目利き」は存在しないということだ。良く語られる「ピッチを見て、投資を決める」などの非科学的な方法では、再現度の高いスタートアップ投資は行えない。月次経常収益(MRR)などの過去のビジネス実績を継続的に分析していくしかない。こういった分析を積み重ねることでスタートアップの経営の全体像を把握し、再現度が高い投資が行えるようになる。
投資先に追加で投資する「フォローオン投資」が根付いていないことも問題だ。スタートアップを初期の段階から資金面で支える中核VCの存在は、後から入ってくる投資家にポジティブなメッセージになる。
―フォローオン投資が根付いていないことの弊害は。
日本にはフォローオン投資が根付いていないばかりに、単発の投資が散見される。そのため株主に少数投資家が多すぎる状況だ。継続的に支援する投資家がいないということは、新規に入る投資家から見れば「見切られた投資先」と判断される。そのほかにもスタートアップに株式を買い取らせる、株式買取請求権など日本にだけ見られる特異的な契約条項も足かせになる。
―結果として、スタートアップ投資が「リスクの高く」なっていると。
協調投資がスタートアップ投資の主流になる中で、先述のようなグローバルスタンダードから外れた状況は海外の投資家を遠ざける要因になる。
VC投資は上場株のインデックスなどに比べて極めてリスクの高いアセットだ。そのため10年間の複利で2~3倍のリターンが要求される。1億ドルのファンドを10年で2億ドルにするケースを考えれば、投資先の5割以上が5倍以上にならなければいけない。
※年間2%のマネジメントフィー、10年分を除いた8000万ドルが投資の原資。
これは極めて高いハードルであるため、データ分析によって経営が上手くいっている投資先へフォローオン投資することが、スタートアップ投資の成功率を高めることにつながる。こういった分析をきちんと行い、投資先をフォローしていくことを考えれば、20人程度のVCで年間5~10社程度にしか投資できないはずだ。「何十社に投資した」のように数を打つことで成功率を高めることはほとんど不可能といって良い。VCとは契約などの専門知識や投資の経験が非常に必要な産業なのだ。基本を知らないことはミスを冒すだけでなく、ミスをミスだと認識できない不安定な状況に陥る。リミテッドパートナー(LP)になる企業には、スタートアップとの契約に精通した法律家など専門知識と経験を有したチームであることが、良いVCを見極めるポイントだと理解してもらいたい。
―政府は海外VCへ日本企業に投資を促す基金の設立やスタートアップ創出目標などといった、指針を掲げています。
まず、日本企業に投資を義務づけるなどといった制約の実現は難しい。ほかのLPへ妥当な説明ができないからだ。またファンドとしても、政策の変更などによって引き上げる可能性がある国の資金は使いづらい。この資金だけを運用する特別なファンドを立ち上げることが想像できるが、優秀な成績を残しているVCが手がけるかという疑問が残る。優秀なVCには安定的に資金を供給してくれる出資者がおり、資金には困っていない。小さなファンドが出資者とともに成長することで、優秀なVCは育つ。Sozo Venturesもこのサイズになるのに10年以上かかっている。いきなり金を注ぎ込めば、スタートアップのエコシステムができるといった近道はない。
また、投資成績を正しく分析する人材も必要だ。こうしたことができるアセットマネージャーは世界でも人材の取り合いになっている。このままでは基金には、優秀なVCは寄りつかず、正当な投資の評価方法を持ち合わせていないVCだけが手がける「うまくいかないモデル」の拡大再生産になりかねない。
―エコシステムの形成に効果的な方法は?
近道はない。エコシステムはよいスタートアップ1社から生まれる。スウェーデンの音楽配信サービス、スポティファイへ投資したクランダムというVCが良い例だ。従来、欧州では複数の小口投資家から資金を集めるスタイルだった。クランダムは米国標準のシンプルな投資契約書で投資を実行した。これによって、その後のラウンドで米国のトップVCを引きつけ、スポティファイの今の成長につながっている。協調投資が主流になるからこそ、米国標準のシンプルな投資が有効になってくるのだ。クランダム同様の成功例は中国やシンガポールでも見られる。正しい方法でスタートアップを育てる。これが優秀なVCを育て、さらにスタートアップが成長するエコシステムが生まれるのだ。
政府の方向性は間違っていない。ただ企業価値評価(バリュエーション)分析の正当性や投資成績などをきちんと評価できるような知識を育てない限り、難しい。もう少し目線を広げて、法律など専門家の育成をしていくことが重要ではないか。
―こういった課題を解決するための方法論などを教えてください。
スタートアップにしても、VCにしても徹底的に分析することが重要だ。スタートアップからすれば、過去の投資実績や現在の投資先に継続的に投資をしているかといった聞き取りをすることだ。またバリエーション分析の基準が不明瞭なことも問題だ。現在の「スタートアップだからバリエーション分析はできない」といった適切な評価にさらされない状況では発展は望めない。メディアやアナリストもVCの投資成績や新規上場(IPO)のバリエーションの妥当性を分析すべきだ。高すぎる公開価格はやがて個人投資家が市場に入ってこなくなり、低すぎる公開価格はスタートアップの資金調達を妨げる。適切な評価を受けられるようにしなければ、スタートアップは育たない。
―このような状況を踏まえ、本書を書いた理由は。
VCの仕組みを学ぶ教科書が必要だと思い、書いた。Sozo Venturesは日本の事業会社にLPになってもらい投資をしている。そうした中でLPの担当者や役員を対象に、VCについてのレクチャーを行ってきた。そうすると共通言語の理解が進み、スタートアップとのコミュニケーションがうまくできるようになってきた。スタートアップのバリエーション分析やファンドの成績評価などについて知ることで、スタートアップ投資が決して「博打」ではなく、再現性の高い産業であることを示した。こうした基準を知ることで日本のスタートアップ投資が高度化すればと思っている。
6月28日公開【Sozo中村氏「日本は立ち上げ期」。米国との比較で見るバーティカルSaaSの行く末】 6月29日公開【「スタートアップ投資の再現度は高められる」。Sozo中村氏の提言】