「天の川」中心“射抜く” 国際チーム、地球至近のブラックホールの撮影成功
銀河・人類誕生の謎に迫る
日米欧などの国際共同研究プロジェクト「イベント・ホライズン・テレスコープ(EHT)」が、地球から最も近いブラックホールの画像化に成功した。人類が住む天の川銀河の中心にある「いて座Aスター」で、日本チームもプログラム開発などで貢献した。地球の“ご近所さん”が可視化されたことは、さまざまな天体現象や物理学理論の分析を容易にする。今回の成果が人類誕生の謎の解明に結びつく可能性もある。(飯田真美子)
「特別な存在」画像化
今回、画像化できたいて座Aスターは、人類にとって特別な存在といえる。地球を含む太陽系がある天の川銀河の中心に位置し、地球から一番近い巨大ブラックホールだからだ。EHTの日本チーム代表の国立天文台の本間希樹教授は「(距離的に)近いからこそ、精密にいろいろなことが分かる。理論の検証などで重要な実験場になる」と指摘。また「人類の住む銀河の中心にあるブラックホールの画像を得られたことは、天の川銀河の形成過程や人類誕生の謎の解明にもつながる」と期待する。
いて座Aスターをめぐっては、多くの研究者が注目し成果を生み出してきた。20年のノーベル物理学賞の受賞テーマ「天の川銀河の中心に巨大質量の天体を発見」もいて座Aスターを指す。
同天体は巨大質量でブラックホールの可能性が高いとされていたが、断定する証拠がなかった。いて座Aスターがブラックホールだという今回の視覚的証明は、ノーベル物理学賞の受賞テーマを補足・証明してみせた。また、いて座Aスターの大きさを画像から計算すると直径約6000万キロメートル。これはアインシュタインの一般相対性理論の予言と一致しており、すでに同理論の検証にも役立った。
2つの壁克服
いて座Aスターの画像化は一筋縄ではいかなかった。EHTは、同じ17年に観測したM87銀河のブラックホールについては、19年に画像化して公開しており、初のブラックホール画像として注目された。いて座Aスターは、成功までさらに3年を要した。
理由は大きく二つある。一つ目はサイズだ。M87銀河のブラックホールは太陽の質量の65億倍だが、いて座Aスターは400万倍しかない。独ゲーテ大学の森山小太郎博士研究員は「東京ドームと野球ボールくらいの差がある」と説明。小さないて座Aスターは、観測しても捉えるのが難しい。
理由の二つ目は、形などが短い時間で変化する点だ。M87銀河のブラックホールは10時間の観測時間で大きな変化はなかったが、いて座Aスターは数分ごとに激しく変わるため静止画を得るのが難しかった。
そこで、いて座Aスターの画像化では、時間ごとに得た観測データを平均して画像化することを目指した。実現のため時間変動を捉えるプログラムを開発。それを使ってまず20万個の画像データを生成し、その後、重要な1万個をピックアップ。こうした作業を経て共通点を抽出し、平均的ないて座Aスターの画像化に成功した。
日本の貢献/「スパースモデリング」知見生かす
日本チームは、米国やカナダとともにブラックホールの観測データをもとに画像化するプログラムの開発やシミュレーションに取り組んだ。シミュレーションの過程では国立天文台のスーパーコンピューター「アテルイⅡ」を使った。
日本の最大の貢献は、無数の解の中からもっともらしい解を選ぶ「スパースモデリング」を持ち込んで、独自のプログラムを開発したことだ。
EHTが19年に公開したM87銀河のブラックホール画像は、ドーナツ構造を持つブラックホールの姿に可能な限り迫った。しかし実は、EHT内ではドーナツ構造まで捉えた鮮明な画像を得られない可能性が当初指摘されていた。
その対策のためのプログラムで活躍したのがスパースモデリングだった。この研究で先端を行く東京大学のグループがあり、本間教授がかけ合ってプログラムに組み込んだ。
スパースモデリングがなければ、いて座Aスターの鮮明な画像は得られなかったかもしれない。蓄積ノウハウが生きた。
統計数理研究所の池田思朗教授は「(画像化に際しての)小さくて動きが活発という難しさを、日本が開発したプログラムで克服できた」と胸を張る。
インタビュー/国立天文台教授・本間希樹氏 「詳細な動画取得、次の目標」
EHTの日本チーム代表を務める国立天文台の本間希樹教授に、今回の成果に関する率直な思いや今後の研究課題などについて聞いた。
―いて座Aスターの画像化に成功しました。感想をお聞かせください。
「とうとうここまで来た。いて座Aスターは人類にとって特別な存在で、一番姿が見たかったブラックホールだ。自分の人生をかけ、15年近くブラックホールの画像化の研究に没頭してきた。M87銀河のブラックホールより、いて座Aスターの画像化の方が難しく、EHTのメンバーを総動員しても5年間かかった。その分、その姿を目にした時には感慨深く、研究の面白さを感じた」
―若手研究者も多く活躍しました。
「研究の場では若手研究者も教授も対等な仲間。面白いアイデアは採用して積極的に研究を進めた。若手研究者は、馬力があり仕事が早い。一方でシニア研究者は長年の経験を生かし、若手研究者にアドバイスをしつつ成果につながるようにサポートした。今回、記者会見も若手研究者に任せた。発表前日の夜中まで10人くらいのメンバーと練習を重ねたかいがあり、本番は一番良い発表だったと思う。発表を多く経験し、自身をアピールして今後のキャリア形成につなげてほしい」
―ブラックホールの画像化はノーベル物理学賞の候補です。
「面白い成果なのでノーベル賞に選ばれたらうれしい。20年の同賞受賞者の英オックスフォード大学のロジャー・ペンローズ名誉教授による仮説『ブラックホールの自転とエネルギーの関連』を証明できた時が受賞のタイミングだろう。そのためにはブラックホールの詳細な“動き”を見ることが必要だ」
―ブラックホールの動画の取得に期待がかかります。
「次の重要な目標だ。21―22年にかけて9カ所11台の電波望遠鏡でブラックホールを観察しており、そのデータ解析を進める。以前より望遠鏡の数が増えたため、高画質の画像や動画を得られる可能性が高い。さらにブラックホール付近からガスなどが吹き出すジェットの根本を特定し、ブラックホールとの関連性の解明を目指している」