ロボットに私たちは何を求めるのか?
本特集では、神奈川県が実施する「新型コロナウイルス感染症対策ロボット実装事業」の成果を周知し、今年度の取組内容についてお伝えすることを目的とし、全4回にわたり連載する。
この事業は、令和3年度から開始し、令和4年度も継続して実施している事業である。事業名からもわかる通り、この事業では、新型コロナウイルス感染症の拡大防止に資するロボットの実証に留まらず、実装を目的として実施している。令和3年度には、ロボット実装のモデルケースを創出することに成功し、モデルケースを創出する際に得たロボット実装の知見を手順書としてまとめて公開している。令和4年度も継続して事業を実施し、ロボットの実装と普及に継続的に取り組んでいる。
2020年、未知のウイルスと共に、私たちの生活は大きく激変した。外出時には、マスクを着用し、ソーシャルディスタンスを取ることは当たり前になり、気軽に外食することや旅行することがはばかられるようになった。私たちは2020年を機に新しい生活様式を強いられることとなったのである。
“DX”という言葉は2020年以前から存在した。しかし、DXの必要性や必然性が今日ほど求められる機会はこれまでなかったであろう。DXと共に、私たちの生活を支援するロボット(いわゆるサービスロボット)の必要性も高まっている。
私たちは、これまでロボットに何を求めてきたか。そして、今の難しい時代にロボットに何を求めていく必要があるのだろうか。
日米アニメに見るロボットの描かれ方
世界中のどこの国を探しても、日本以上に、幼少期のころからロボットと親しみながら過ごしている国はないだろう。鉄腕アトム、ドラえもんなどの多くのロボットアニメが放映され、私たちのほとんどが、物心つく前から、ロボットというものがどういうものであるか、なんとなく理解して大人になっている。
アニメに出てくるロボットは、私たちのロボットに対する原型と言っても良い。特に、生活支援ロボットに通じる日常系のロボットアニメは、日本ではドラえもんが絶大な人気を誇る。海外に目を向けると、ロボットアニメはそんなに多くないが、日常系のロボットアニメとしては、ベイマックスが、日本でも大きなヒットを記録した。
ドラえもんとベイマックス、どちらのロボットも、主人公と共に生活する唯一無二の友人として描かれている。一見すると似たようなロボットアニメであるが、ロボットの観点からすると大きな違いがある。比較して見てみると、日米のロボットに対する考え方の違いが鮮明になる。
①バックキャストとフォアキャスト
両者のロボットには、現在から連続的に描かれているか、未来の姿を想像して描かれているかという違いがある。
明らかに前者がベイマックス(アメリカ的)であり、後者がドラえもん(日本的)である。ベイマックスの世界では、優秀な科学者が、現在の延長線上にロボットを製作している。一方、ドラえもんは、未来から突然やってくるロボットである。
②人に近い存在かモノに近い存在か
ロボットを動かすためにはエネルギー源が必要である。現在世の中に存在するほとんどのロボットは、エネルギー源は電気である。
では、アニメに描かれるロボットはどうか。ドラえもんは、好物がどら焼きということからもわかる通り、食事からエネルギーを取り、人に近い存在として描かれている。一方のベイマックスは、電気である。作中でも何度かバッテリー切れを引き起こし、起動命令がなければ常時充電されているという設定になっている。充電して、必要な時に利活用する描かれ方は、明らかにモノに近い存在として描かれているということになる。
③汎用的なロボットとソフトにより機能拡張ができるロボット
ドラえもんは汎用的なロボットである。のび太君のどんな要求にも、的確に道具を出してきて、悩みを瞬時に解決してしまう。ベイマックスは、特定のソフトウェアに基づいて動くロボットとして描かれる。主人公が必要な機能をプログラムし、機能拡張することで、カスタマイズしていく様は、ロボット開発のリアルを描いている。
汎用性という観点からも両者には大きな違いが見受けられる。
これらの3つの違いは、私たちのロボット観に大きな影響を与えていることは言うまでもない。未来的で、人に近い存在で、汎用的なロボット像を私たちは幼少期から強烈に印象付けられてしまっている。
コロナ初期に見えた日米のロボット活用方法の違い
ロボットに求めるものはこの2年で大きく変わってきた。
2年前。日本では、ラグビーのW杯を成功裏に終え、東京オリンピックへの準備を着実に進めていた。首都高の渋滞問題や、朝夕の電車のラッシュ時間帯の混乱をいかに抑えるかということに対し、多くの人たちが頭を悩ませていた。言語の壁を取り払うため、多言語を操ることができるコミュニケーションロボットへの期待が大いに高まっていた。
そのような最中、コロナが発生したのである。三密を避け、非対面非接触で、いかに事業を継続するかということに人々の関心が移った。海外では、ロックダウンという厳しいコロナ対策措置が取られ、いかにロックダウンした社会の中で経済活動を維持するかということが大きな関心事となった。 そんな日米のコロナ初期の状況下では、生活支援ロボットの活用方法も大きく異なっていた。
●コミュニケーションを中心とする日本のロボット活用
コロナ禍における日本のロボット利活用は、コミュニケーション用途が多数を占めていた。
例えば次のようなものである。
・ コロナ患者病棟でアバターロボットを活用して回診
・ 病院入り口で検温を促すためのコミュニケーションロボットの活用
・ 卒業式にアバターロボットを介して出席
多言語コミュニケーションの必要性からコミュニケーションロボットが求められていた当時の環境を差し引いても、「未来的で、人に近い存在で、汎用的なロボット」というドラえもん的な考え方が背景にあることは間違いないであろう。
●搬送・ロジスティクスを中心とするアメリカのロボット活用
コロナ禍におけるアメリカのロボット利活用は、モノとしてのロボット活用の姿が顕著であった。特に、搬送やロジスティクス、搬送ロボットにUVライトを搭載した消毒ロボットの活用が見受けられた。
・ 屋外で活用する配達ロボット
・ UVライトを搭載した病院内の消毒ロボット
・ 病院間の医療物資搬送を実施するドローン
ロボットをモノとして捉え、UVライトなどを搭載し、機能拡張していくロボットの活用は、まさにベイマックス(アメリカ)的なロボットの考え方であると言えるのではないだろうか。
今、私たちは、ロボットの発展のスタート地点にいる
コロナ発生初期には、日米のロボット活用方法にこのような違いがあった。
しかし、日本でもこの2年の間にロボットの活用方法が大きく変化していった。商業施設で働く警備ロボットが増え、飲食店では配膳ロボットが急速に広まった。日本でも、特定の機能に注目して、ロボットを活用しようという動きが広まってきたと言える。
その中でもエポックメーキングなのが、神奈川県が実施した「令和3年度新型コロナウイルス感染症対策ロボット実装事業」である。湘南鎌倉総合病院で、施設がもつ課題にフォーカスし、その課題を解決するために9件のロボットの導入実証を行った。
現在の課題に着目し、課題を解決するために必要なカスタマイズを実施するアプローチ方法は、フォアキャスト型(ベイマックス的)のアプローチであると言える。今後、ベイマックスのように、必要が生じた際に必要な機能拡張が行われ、ロボットはどんどん進化を遂げるであろう。そういう観点からすると、この事業で実施したことは、ロボット普及のためのスタート地点にすぎないのであり、今後の更なるロボットの発展が楽しみに感じられるのである。
この事業では、湘南鎌倉総合病院で行ったロボット導入の知見を手順書という形でまとめ公開している。手順書が多くの方の目に触れ、ロボットの発展が加速していくことを期待してやまない。(NTTデータ経営研究所ビジネスストラテジーコンサルティングユニットマネージャー・清水 祐一郎)