「数字を追わない、数字に追われない」豊田通商会長の経営哲学
「『お前は会社の金で仕事をするが、こっちは自分の金でやっているんだ』と言ってニヤッと笑った顔が忘れられない」
豊田通商の加留部淳会長は25歳のころ米国に駐在。ある時、電子式キャッシュレジスター卸商のレオナルド・ワイトロープ氏の元へ在庫を引き取りに行くと、商材の数が足りなかった。何度も数え直していた姿にしびれを切らしたのかワイトロープ氏は「ひとまず持って帰って確認したらどうだ」と加留部会長に声をかけた。翌日、倉庫で数え直したところ、きっちり数は揃っていた。謝りに行くとワイトロープ氏は冒頭の一言を告げたのだった。扱うのは自分のお金だと思って商売をしなければならない。戒めを胸に刻んだ。
「本籍地はトヨタグループ、現住所は商社」。
豊田通商社長に就任後、自社の立ち位置を言葉として発信し続けた。グループから飛び出して仕事をし、成果を還元しつつ自分たちも成長する。上昇スパイラルを描くために生み出した理念は今も継承されている。
「100年かけても手に入らない価値を得た。ただし、投資からはしっかりリターンを得なければならない」
社長在任中、転機となった出来事が2012年の仏CFAOへの資本参画だ。豊田通商の13年3月期の当期利益は674億円。対して投資額は2340億円だった。「地域・ビジネス・人材」を手に入れたが投資に見合う結果を出さねばならない。責任と覚悟を背負った。CFAOには、4人の日本人を現地に送り込んだ。課したルールは二つ。「フランス人が一人でもいれば英語かフランス語だけでしゃべること」「昼食は必ずフランス人ととること」。CFAO社員の信頼を得るためだ。仏小売り大手カルフールとの合弁や、トヨタのアフリカ地域全域での販売事業譲渡などアフリカ事業拡大の背景には自律と自立を尊重する“加留部流”のやり方があった。
「数字を追わない、数字に追われないことも重要。経営に標準形や最終形はない。変化の予兆を早く読み取り、柔軟な対応をするのが要諦だ」
収入とやりがい、良好な人間関係を社員に提供することが経営だと強調。売り上げや利益の追求は大切だが、数字にこだわり帳尻合わせで道を踏み外してしまった会社を見てきた。実直な仕事の積み重ねが企業の理想のあり方を支えると信じ、後進に思いを伝えていく。(森下晃行)
※取材はオンラインで実施。写真は同社提供。
【略歴】かるべ・じゅん 76年(昭51)横浜国立大工卒、同年豊田通商入社。04年取締役、06年執行役員、08年常務執行役員、11年社長、18年会長。神奈川県出身、68歳。