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オフィス市場は「転換点」を迎えた。新たな需要と空室率のこれから

連載・コロナ後のオフィス#02 三幸エステート・今関チーフアナリストに聞く

新型コロナウイルス感染拡大で都心のオフィス市場は様変わりした。在宅勤務の一般化による出社率の低下でオフィスを縮小する企業が相次いだ。空室率は大幅に上昇し、賃料は下落した。一方、コロナ禍から2年が経過した今、新たなオフィス需要が見え始めている。オフィス仲介を手がける三幸エステート(東京都中央区)の今関豊和チーフアナリストは「オフィス市場は転換点を迎えた」と指摘する。今関チーフアナリストにオフィス市場の現状や今後の展望を聞いた。(聞き手・葭本隆太)

コロナでオフィス需要が減退した

-コロナ禍から2年が経過しましたが、その間の都心オフィス市場の変化は。
 在宅勤務が広がって社員の出社率が低下した結果、オフィス需要が減退しました。2019年末時点で非常に低い水準だった空室率が20-21年に大きく上昇しました(下グラフ)。賃料も下落しています。そこにコロナの影響がはっきり表れています。一方、(足元では)オフィス市場は転換点を迎えたと感じています。

-なぜ転換点だと感じるのですか。
 在宅勤務と出社を組み合わせたハイブリッドな働き方を前提に、オフィス戦略を新たに考える企業が増え始めたからです。新たな働き方に対応したコンセプトのオフィス事例が増え、企業が(移転などを)検討しやすい環境が整ってきたことなどが背景にあります。2023年には大量供給が控えており、新しい“器”が完成すると、需要が喚起されるでしょう。

-23年に向けて多くの企業が移転に動くと。
 22-23年竣工のオフィスビルに対しては、特に外資系企業が動きそうです。富士通(が20年7月に発表した「オフィス半減」)が象徴でしたが、20-21年は本業がリモートの働き方と親和性がある情報通信・IT関連企業の動きが活発でした。それに外資系企業が続いている印象です。本国ですでに新しい働き方を取り入れていたり、(日系企業に比べて)意志決定が早かったりすることなどが背景にあります。国内1部上場企業などの多くは24-25年に動くと見ています。一般にオフィスの定期借家契約は4-5年のため、21-25年にどの企業も更新時期が来ます。その切れ目で新たなオフィス戦略が固まっている企業は動くでしょう。

-新たな働き方を踏まえたコンセプトのオフィスとはどのようなものですか。
 個人のデスクがある「執務スペース」は縮小して、会議室や応接室などで構成する「非執務スペース」を拡大する設計はトレンドです。(その上で、)オンライン会議を行いやすいように防音性能が高い個室を用意したり、コミュニケーションを起こす仕掛けとしてカフェスペースを設けたりしています。

また、(快適や健康を意味する)「ウェルビーイング」もキーワードです。空気(や光・音などの)環境に配慮したり仮眠室を備えたりするオフィスです。(東京都中央区で22年8月に竣工予定の)八重洲ミッドタウンや(東京都港区で23年竣工予定の)虎ノ門・麻布台プロジェクトはウェルビーイングを実装した象徴と言えます。東日本大震災後は免震や耐震などのハード面の安心が強く求められましたが、それらはすでに標準装備になっており、新たにソフト面の質が求められています。

出社率の低下を踏まえたオフィス戦略を検討する企業が増えている(写真はイメージ)

-空室率の今後の見通しは。
 (24年第4四半期に向けて)ゆるやかに低下すると予想します。23年の大量供給で需要は喚起されますが、(移転する企業の多くは)出社率の低下を踏まえて従前より小さい床面積を求めます。大雑把なイメージとしては、執務スペースを半分にして非執務スペースを5割増やし、全体では従前の7割くらいでしょうか。そうした需要動向をトータルで踏まえた見通しです。

-企業が求める床面積が縮小傾向とすると、空室率が低下するイメージがわきにくいです。
 (空室率の低下には)二つの要因があります。新しいビルに移転を決めても、内装工事などを実施する影響で入居までは半年から1年必要です。その期間は元のビルに入居しているため、二重でカウントされる状態になります。このため、大量供給があると統計上の需要は上振れます。もう一つの要因は、テナントが退去すると市場から撤退するビルが出てくるため、分母(となるオフィス床面積の総量)が減ります。

とはいえ、空室率の予測は低下しても3.2%(で供給過多の目安である3%以上)です。コロナ前と比較すると、かなり高い水準です。

-ビルオーナーにとっては厳しい事業環境が続きそうですね。
 既存ビルのオーナーは、お金をかけてコロナ後の需要に対応するビルにリノベーションするか、割安感で勝負するかの判断が求められます。

渋谷区がいち早く回復傾向の理由

-都心5区(千代田区・中央区・港区・新宿区・渋谷区)におけるオフィスビルの募集賃料をエリア別にみると、渋谷区でいち早く下げ止まりの傾向が見られます。
 オフィスの需要が特に集まっているエリアで、今のところ一人勝ちと言えます。背景には、渋谷駅周辺を中心にスタートアップが多く集まっていることが上げられます。彼らには本業の拡大による増床需要があります。また、高い賃料を払ったとしても、他社より良いビルに入居して、優秀な人材を確保する意欲が強いです。

三幸エステートの今関豊和チーフアナリスト

-オフィスを優秀な人材を引き寄せるツールとして使うと。
 オフィスは採用ブランディングのツールとしての価値があり、それはコロナ前後で変わっていません。足元では(エリアを問わず)立地条件がよいAクラスのビルが有利になっています。縮小移転であっても、リーマン・ショック後のようなコストカットが目的ではなく、床面積を縮める分、賃料単価が高いビルに移転して優秀な人材を採用しやすくする発想があるからです。

-在宅勤務が一般化する中で、オフィスの価値の一つとしてコミュニケーションを促す機能が改めて見直されています。
 (対面とオンラインでのコミュニケーションを比べて)情報伝達量の多さや、偶発的な出会いや発想を生む可能性の高さを考えると、明らかに対面のコミュニケーションが勝っています。その中で、ハイブリッドな働き方では、社員に出社するか否かの選択権があります。企業としては社員同士のコミュニケーションを促すため、社員が通いたくなるオフィスを作らなければいけません。その点でも、賃料の安さ第一ではなく、単価が高くても立地がよく機能が整っているオフィスが選ばれやすくなります。

-オンライン上で社員同士が空間を共有して、コミュニケーションを促すツールとして「仮想オフィス」の導入が広がっています。この普及はリアルのオフィス市場に影響を与えるでしょうか。
 将来的に(仮想オフィスによるリアルオフィスの代替は)あり得るでしょう。例えば、大学の授業を仮想空間で実施するようになり、そこで育ち、仮想空間に慣れた人たちが社会に出てくれば、仮想オフィスが浸透する可能性はあると思います。ただ、現役世代は仮想空間に抵抗のない人の割合はずっと少ないので、技術的な面でも、使う側の意識の面でも(オフィスの代替として)一般的に使われるほどまだ機は熟していないのではないでしょうか。

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新型コロナウイルスの感染拡大に伴うテレワークの一般化はオフィス市場に大きなインパクトを与えました。出社率が低下した結果、縮小移転が相次ぎ、空室率の上昇や賃料の下落を招きました。一方、テレワーク環境下でオフィスと同じようなコミュニケーションを実現しようとオンライン上の仮想空間に設けた「仮想オフィス」を導入する企業がじわり増えています。そうした動向を追いました。

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