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環境対策の重要課題、「生物多様性保全」は商機になる

環境対策の重要課題、「生物多様性保全」は商機になる

ネイチャーポジティブは自然を保護する幅広い分野に商機がある(スマート農業のイメージ)

企業の環境対策で生物多様性(用語参照)が重要課題として浮上する。自然回復を意味するネイチャーポジティブが世界目標として掲げられようとしているからだ。しかも「森林破壊ゼロ」や「負の影響を半減」など厳しい要求を企業に突きつける。一方で自然保全に10兆ドルのビジネスチャンスがあり、投資家も情報開示を迫る。これまでとは次元が異なる生物多様性保全が企業に求められる。(編集委員・松木喬)

ネイチャーポジティブ目標

「ネイチャーポジティブビジネスへの移行が始まっている」。10日、MS&ADインシュアランスグループホールディングスが開いたシンポジウムで、レスポンスアビリティ(京都市中京区)の足立直樹代表は言葉に力を込めた。同社は生物多様性のコンサルティングを提供しており、足立代表は海外動向に詳しい。

ネイチャーポジティブは「自然に良い影響をもたらす」「自然を優先する」といった意味だが、最近では「自然を損失から回復に転じさせる」と定義付けられようとしている。21年6月に英国で開催された先進7カ国首脳会議(G7サミット)で「自然協約」が採択され、各国首脳は30年までに生物多様性を回復軌道に乗せることを約束した。

経済界もネイチャーポジティブを支持している。政財界のリーダーが集う世界経済フォーラムは20年7月、自然を優先するビジネスによって30年までに10兆ドルの市場と3億9500万人の雇用創出が可能とする報告書を公表した。スマート農業による収穫量増加や屋上緑化、節水、適切な廃棄物処理など自然を保護する幅広い分野に商機がある。

こうした機運を受け、ネイチャーポジティブは世界共通の目標になろうとしている。4月、国連の生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)が中国・昆明市で開かれ、生物を守る世界目標「ポスト2020生物多様性枠組み」が決まる。この枠組みに、30年までに生物多様性を回復軌道に乗せることが明記される。

気候変動対策では50年までの温室効果ガス排出量実質ゼロ達成が世界目標となっている。15年の国連気候変動枠組み条約第21回締約国会議(COP21)で「パリ協定」が採択され、国際社会が「ゼロ達成」に合意したためだ。企業は脱炭素に続き、ネイチャーポジティブへの転換も迫られる。

英、原材料調査を義務化

ネイチャーポジティブに先行するように、世界のビジネス界は「森林破壊ゼロ」への取り組みを始めている。

途上国では木材や農作物の販売で生計を立てる住民が多く、収入を増やそうと森林を伐採した農地を拡大している。深刻な森林破壊を根絶しようと環境団体は企業への批判を強めている。農園から原料を購入することで森林破壊に加担していると映るためだ。

そこで、森林を開発した農園と取引しないことで破壊阻止を支援する「森林破壊ゼロ」を宣言する企業が増えている。

国際団体「フォレストトレンド」のウェブサイトには宣言した500社以上が掲載されている。米スリーエム(3M)や米アップル、ドイツ・アディダスなど海外企業とともにイオンや味の素など日本企業も名を連ねる。

政府も追随する。21年に英国で開かれた気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)では、30年までに森林破壊を終わらせる「グラスゴー・リーダーズ宣言」に日本を含む143カ国が参加した。また、英国は大企業に対し、森林破壊が疑われる原材料の調査を義務化する方針だ。欧州連合(EU)の行政機関である欧州委員会も同様の規則導入を提案している。

森林破壊ゼロへの賛同が広がっているものの、企業への視線は厳しい。チョコレート原料のカカオ栽培による森林破壊を調査する団体、米マイティー・アース(ワシントン)のサム・マワトワシニア・アドバイザーは「企業は(森林を破壊せずに栽培した)カカオを調達したと主張するが、それは調達量の一部にすぎない。市民を混乱させるような発表は控えるべきだ」と注文を付ける。

2020枠組み達成へ規制強化

森林破壊ゼロ以外にも企業への具体的な要求が増える。COP15で決まるポスト2020生物多様性枠組みは21項目の目標も設定する。原案によると「ビジネスによる負の影響を半減」「バイオテクノロジーによる生物多様性・人の健康への悪影響を防止」など、企業活動に影響する目標も多い。

また、有害な補助金を年5000億ドル削減する目標も盛り込まれる。気候変動をめぐって石炭火力発電への資金支援停止が金融機関に求められたのと同じ構図だ。生物多様性においては生物資源の乱獲を助長する資金が「有害な補助金」とみなされる。魚介類を大量に漁獲できる大型漁船の建造費が該当する。

枠組みの達成を目指し、各国で規制が強化されそうだ。足立代表は「COP15の決定を待たずに先進企業は動いている」と話す。先手を打つことで規制が強まっても有利に事業を展開するためだ。

自然保護対策情報開示迫る

生物多様性に関連した情報開示を企業に求める国際的な組織「自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)」の活動も始まっている。温暖化対策の情報開示を迫る気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)の“生物多様性版”だ。

TNFDは開示項目を定めた枠組みを議論している。投資家は開示内容を精査し、対策を検討する企業を「持続可能」と評価する。TNFDは4月に試行し、23年には枠組みを完成させる。

日本で生物多様性保全というと敷地の緑化や植林が連想されやすい。

今後はネイチャーポジティブへの貢献が評価基準となり、破壊ゼロのような明確な目標設定を迫られる。投資家も情報開示を要請するため、これまでの生物多様性保全から発想の転換が必要だ。

用語・生物多様性=種や生態系、遺伝子の多様性が保たれた状態。資源調達や水の利用、廃水浄化などで企業も恩恵を受けている。多様性が失われると事業活動に支障が出るため、企業にも対策が求められている。
日刊工業新聞2022年2月24日
松木喬
松木喬 Matsuki Takashi 編集局第二産業部 編集委員
生物多様性はネイチャーポジティブ、気候変動はカーボンニュートラルと「世界ニ大環境目標」ができます。しかも30年までに自然を回復軌道に乗せると期限を区切ったのは50年カーボンニュートラルと同じ。「できる、できない」を議論する余地もなく、動いている状況も同じです。工場の緑化や生き物の保護は取材をして興味を持てる活動ですが、世界は調達先の森林破壊阻止まで要請しています。日本企業にとっては新たな課題と思います。

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