ゲノム解析で見えてきたコロナ「オミクロン株」の正体
感染リスク喚起 増殖速度、デルタ株の5倍
新型コロナウイルス感染の「第6波」の引き金となった変異株「オミクロン株」。感染力や市中流行株の変遷が、大学研究者や大学病院による新型コロナ感染症患者由来の検体を用いた全遺伝情報(ゲノム)解析などで明らかとなり、オミクロン株の正体の一端が見えてきた。だが、息つく暇もなく同系統の一種で、“ステルスオミクロン”とも呼ばれる「BA.2」による新たな感染拡大の懸念が出てきた。政府が目指す経済活動と感染症対策の両立は実現するのか。(山谷逸平)
国立感染症研究所が海外情報と国内のリスク評価の更新に基づき、オミクロン株を「懸念される変異株(VOC)」に位置付けたのは、2021年11月28日のこと。その後、新規感染者数は急拡大し、デルタ株による「第5波」を優に超える高波となった。
オミクロン株による感染者は、当初からデルタ株感染者に比べ、入院や死亡リスクが低いとする海外の研究結果が報告されていた。国内でも東京大学医科学研究所の佐藤佳准教授らが、従来株に比べて病原性が低いことを2月上旬に明らかにした。数理モデリング解析でヒト集団内における増殖速度は、デルタ株に比べて2―5倍高いことも見いだした。
オミクロン株感染者による感染リスクはどの程度あるのか。理化学研究所計算科学研究センターのチームリーダーでもある、神戸大学の坪倉誠教授は、スーパーコンピューター「富岳」を使ったシミュレーションで感染リスクの高さを公表した。感染力をデルタ株比1・5倍と仮定して試算した結果、感染者が不織布マスクを装着していても50センチメートル以内に近づいて15分間会話すると、感染リスクが高まることが分かった。
坪倉教授は「普段50センチメートルの距離で話すことはあまり想定されないが、満員電車の中で隣の人と会話することはあると思う」とし、感染リスクをあらためて注意喚起する。
オミクロン株における市中流行株の変遷やその感染伝播性に関する研究も進む。21年12月に海外渡航歴がなく、感染経路が不明の「市中感染」が国内で確認されて以降、「BA.1」と呼ばれる系統株が主流とされた。
だがここにきて、デンマークやインドなど一部の地域で「BA.2」が相次いで確認され始めた。感染研が16日に公表した調査結果では国内で少なくとも94件報告されている。東大医科研の佐藤准教授らが2月中旬に公表した査読前論文によれば、BA.2の伝播力はBA.1より約1・4倍高いという。
一方、BA.2は国内ですぐには広がらないとの指摘もある。東京医科歯科大学の武内寛明准教授らは、同大の病院に入院歴のある新型コロナ患者由来の検体を用いてゲノム解析を行い、解析結果を定期的に報告している。武内准教授は「国内の現在の主流はBA.1よりもアミノ酸の変異が一つ追加されたBA.1.1だ」と説明。「BA.1よりもBA.1.1の方が感染伝播性が高まる可能性があることから、BA.1.1からBA.2に置き換わりにくい環境であるとも考えられる」と続ける。
制御の開始時期・期間予測 変異蓄積で強毒化警戒
オミクロン株、あるいはその次に現れる可能性がある株はどんな姿なのか、またどんな対策を講じればよいか―。こうした疑問に数理モデルを使って解を導こうとする研究者もいる。
総合研究大学院大学先導科学研究科の佐々木顕教授は、A型インフルエンザウイルスや新型コロナなどの病原体に焦点を当て、新たな理論体系を確立。これを使ってその感染力や病原性の進化を解析した。その結果、免疫やワクチンから“逃げ上手な”ウイルスや流行拡大中のウイルスでは、より強毒化の傾向があることを明らかにした。
佐々木教授は「オミクロン株はデルタ株などと比べて一見、弱毒化しているようにみえるが、感染部位が違うため宿主への影響も異なるのだろう」として、オミクロン株の変異の蓄積による強毒化を警戒する。
長岡技術科学大学工学部の中川匡弘教授は、新型コロナの感染抑制と経済活動を両立する人流抑制の開始時期などを導くシミュレーションモデルを構築。これにより、人流抑制を伴う緊急事態宣言の発出時期の最適化が図れる。中川教授は「このモデルを用いれば、オミクロン株についても感染抑制と経済活動を両立する最適制御の開始時期と継続期間を見いだせるのではないか」と期待をかける。