ミルク廃棄の危機で考える、「供給」の問題
コロナ感染症大流行下の2021年末、生乳が大量廃棄の危機に直面していた。農林水産大臣は会見で「5,000トンぐらいの生乳を捨てざるを得ないというような状況(注1)」と切迫感を滲ませ、マスメディアは連日牛乳の消費拡大を呼びかける事態となっていたことをご記憶の方も多いのではないか。今回は、この生乳についての問題状況をサプライチェーン・マネジメントの観点から考察してみたいと思う。
結果だけを捉えて言うならばこの生乳をめぐる問題状況は「供給」の過剰であった。しかし、その原因は「需要」の急減にある。上記の呼びかけはこの需要の喚起を意図したものといえるが、ここで一つの疑問が沸き起こる。なぜ、この件は「供給」の問題として扱われなかったのだろうか。
生乳のサプライチェーンは、急な需要の変化に適していない。その理由は生乳を生産するのが生き物だからである。生乳の供給量を増やすためには、乳牛の頭数を増やす必要があり、減らすためにはその逆をしなければならないことになる。これには道義的にもコスト的にも様々なハードルが存在し、結果的に生乳のサプライチェーンの供給量コントロールを困難なものにしているのである(注2)。
さて、需要に対して供給者が自らの意思で設定する供給の割合を「サービスレベル」という。計算式は次の通りである。
世界標準のSCMにおいてこの「サービスレベル」は、必ずしも100%を目指すものではない点に注意を要する。驚かれるかもしれないが、割に合わない需要には対応しないことも重要な意思決定の一つなのである。サービスレベルが100%の状態では、欠品を回避するために常に過剰気味の在庫を持つことになる。これを維持するための支出や売れ残りを廃棄する費用が効果に見合うものであるかどうかを吟味し、商品の特徴や顧客の特性に応じたサービスレベルを設定することが望ましいのである。
さて、乳製品のサービスレベルはどうだろう。私達の暮らす日本の多くの地域では、日常的に牛乳が買えない状況は想像しにくい。このことは、小売業者が設定している乳製品のサービスレベルが100%に近いことを意味する。しかし、前述の通り生乳のサプライチェーンは需要の変化に極めて弱い。新型コロナウイルス感染拡大に伴う休校による学校給食の牛乳の需要急減の際、供給のブレーキを踏むことができず、大量の余剰を生む結果となったのである。
もっとも、件の「いつもよりもう1杯」という掛け声で生乳の大量廃棄の危機は回避された。供給の柔軟性が低い一方で需要の柔軟性が高いことも生乳のサプラチェーンの特徴と言えるだろう。
出所:最終アクセス日は2022年1月23日
(注1)金子農林水産大臣記者会見概要 令和3年12月17日
(注2)日本のミルクサプライチェーン2021
【著者紹介】
MTIプロジェクト
『基礎から学べる!世界標準のSCM教本(日刊工業新聞社)』の著者である山本圭一、水谷禎志、行本顕の三名による世界標準のSCMの普及推進プロジェクト。
プロジェクト名はグローバルSCMのコンセプトを各人の名字の一文字を用いて表した「水山行」をラテン語風に読んだ”Mare, Terra, Itinera”の頭文字より。
書籍紹介
SCMは天然資源から最終消費者までのものやサービスと意思決定の流れを統合的に見直し、プロセス全体の効率化と最適化を実現するための手法。本書は世界でビジネスをする企業に最適な、世界標準のSCMについて解説する。
書名:基礎から学べる!世界標準のSCM教本著者名:山本圭一、水谷禎志、行本顕
判型:A5判
総頁数:240頁
税込み価格: 2,420円
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