ドバイ万博で行列の「日本館」、展示プロデューサーが語る人気の舞台裏
日本の歴史、文化、テクノロジー、そして日本が抱える課題などをストーリー仕立てで展開するドバイ万博日本館は、各国のパビリオンの中でも特に人気を博している。展示プロデューサーの永友貴之氏、クリエイティブディレクター/ステージディレクターの落合正夫氏に、展示のコンセプトと人気の理由を聞いた。
「アメージング」と言われる理由
—永友さんはこれまで何度もドバイに渡航されているそうですね。日本館を訪れた人の反応はいかがですか。
永友 開幕直後から来館者の行列ができていました。彼らに話を聞くと日本館は「アメージング(素晴らしい)」とおっしゃる方が多かったです。その理由を深掘りすると「日本の特徴的な文化・歴史が学べるうえ参加性が高い」と思っていただけたようです。日本館は来館者一人ひとりを大切にしている点が、評価されたのだと思います。
—一人ひとりを大事にするとは。
落合 日本館では、来館者にスマートフォンを1台貸与し、それを持って6つのシーンを巡ります。来館者が日本のどんなものに興味を持つのかという情報を取得してデータ化し、その日その時に集まった来館者によって異なるクライマックスシーンが形成されます。つまり唯一無二のシーンが生まれます。これは、今までの日本館の歴史で初の取り組みです。さらに、音声AR(拡張現実)で多言語に対応しており、来館者に合わせた言語が選択可能です。どのシーンも一貫した語り口で案内し、全体を通して一つの緻密な物語に仕上がっており、それが来館者の満足感にも繋がっていると思います。
永友 落合さんには映像クリエーションにおいてベースにある日本文化を表現することにこだわっていただきました。また、各シーンでは数多くのクリエイター達が自由闊達に意見を出し合いましたが、落合さんが取りまとめ役を担ったことで、日本館全体のクオリティが高まったのだと思います。
落合 先人から受け継いだ日本文化の真髄を伝えるのは難しいですが、来館者が帰宅後に「あれは、一体どういうことなのだろう」と調べるなど、もっと日本を知りたいと思うきっかけになれば嬉しいですね。
—多様な文化や言語を持った国々の人に、日本館のコンセプトを理解していただくのはとても難しいのではないでしょうか。
永友 いかにシンプルにわかりやすく伝えていくか、ということが大きな課題でした。ドバイ万博日本館の展示は「日本はこんなにすごい国です」とアピールするものではありません。日本の歴史・文化・課題を見せつつ「では、世界に対してあなたは何ができますか」と問いかけ、その先で「何かアクションを起こしませんか」と提言するもの。最後は未来へのメッセージ(特設サイト「循環 JUNKAN -Where ideas meet-」)として、例えば「ゴミ問題の解決のためにエコバックを必ず持参する」など、スマートフォンで入力してもらいます。メッセージが毎日積み重なっていくので、それを2025年の大阪・関西万博につなげていきます。次期ホスト国ならではの設計ですよね。
落合 「Where ideas meet」というコンセプトに対して、どういったストーリーを考えるべきか、多くの議論を重ねました。私は日本という国が、地理的にみて文化が最終的に流れ着く場所にあり、無数の運命的な出会いで発展した国ではないかと考えていたのです。つまり、太古の昔には自然との出会いがあり、自然と対話し叡智をもらう。そして時代が下って断続的に海の向こうの知識や感性と出会いカスタマイズしていく。こうした歴史のなかには未来につながるアイディアがたくさん潜んでいるだろうと。勉強ではなく、来場者が直感的に「出会い」のストーリーを感じていくことで、たくさんの発見が生まれるのではないかと思ったのです。
16人の才能のかけ合わせが、誰も見たことがないシーンを生んだ
—シーン5では、16人の若手クリエイターを登用しましたね。
永友 ドバイでは、親日的で日本文化に造詣が深い人が多いのです。それはそれで嬉しいのですが、彼らに“フジヤマ” “ゲイシャ”など典型的な日本のイメージを見せたところで、おそらく響かないでしょう。だから、何を作れば良いのかとても難しかった。そこで、今の日本に生きる16人の才能のかけ合わせそのものが生み出す表現により、展示を作ろうとなったわけです。
—その掛け合わせもまた「アイディアの出会い」ですね。
永友 はい。あえて作風の異なる16人のグラフィックデザイナーを登用しました。一人ひとりの「私はこう考える」「こういう視点からこう感じた」という観点で描かれたものを集めたら面白いのではないかと。ですが、実際にどんな風景が生まれるのか正直分かりませんでした。展示が出来上がった時は「こんなの誰も見たことがない」という驚きの連続。だからグラフィックとしてとてもいい作品に出来上がったと思います。2025年の大阪・関西万博でも活躍するであろう若き才能の結集です。
落合 シーン5では多様なクリエイターの感性が空間を彩り、同じく多様な背景を持つ来場者の体験によってビジュアライズされていきます。このプロセス自体が、世界規模の課題に対して、私たちがどう対峙していくべきかを示唆していると思います。特にCEKAI井口皓太さん(第4回でインタビュー)のディレクションが光り、見る人の感覚や視点を覆すものに仕上がっています。
—ところで、日本館は開館後も日々進化していると伺いました。どのような点に進化が見られるでしょうか。
永友 はい。より深い体験を提供することを目指して、来場者の反応を見ながら、音のボリュームを絞る、照明を暗くする、体験時間を変えるなど、小さな改変を行っています。何よりアテンダントスタッフの皆さんが成長しているので、その分完成度が高まっています。日本館は日々進化し続けています。しかし、現在はコロナ禍ということもあり、リアルで見ていただくのは難しい。まずはバーチャル日本館や循環サイトを訪れて欲しいと思います。
永友貴之(ながとも・たかゆき)
電通ライブEXPOプロジェクト部所属。ドバイ万博日本館のプランニング、クリエイターらのネットワークづくり、展示造成の指揮など、展示にまつわる責任者として活動。
落合正夫(おちあい・まさお)
モンタージュ所属。CGデザイナー、VFXディレクターを経て、プロモーション映像、イベントやインスタレーションの演出家として活動。ドバイ万博日本館の展示シーンの映像ディレクション、総合演出を担当。