なぜ旅客機開発は遅れるのか
専門家は三つの見方
専門家は各社の開発が遅れる原因を三つ指摘する。一つは新技術追求による遅れだ。航空評論家の青木謙知氏は「新技術や新素材の導入が増え、それに伴う問題が表面化した」と指摘する。
燃費性能を向上するため、各社は主翼や胴体などの主要構造に炭素繊維強化プラスチック(CFRP)を採用し、機体の軽量化を進めている。CFRPは従来のアルミニウムのように何枚かの部材をつないで胴体や主翼に仕上げるのではなく、複合材料を積層して主翼や胴体の形に成形し、オートクレーブと呼ばれる専用炉で焼き固める新しい手法で製造される。
新しい手法ゆえに生産技術面での課題も残る。結果としてメーカーと航空当局側ともに強度や安全性の実証に時間がかかり、遅れにつながっている。
もう一つは、開発・生産における国際分業の進展。787ではボーイングは全体の35%しか内製せず、残りは日本や欧州などのメーカーが開発から担う。「787のバッテリー発煙問題で明らかになったように、世界中で部品を開発し、調達するため、管理が難しくなった」(鈴木真二東京大学大学院工学系研究科教授)。
三つ目は三菱航空機など新規参入組に特有の理由だ。ビジネス航空ジャーナリストの石原達也氏は「ボーイングやエアバスの遅れと三菱航空機の遅れを同列に扱うのは、大リーガーと甲子園球児を比べるようなもの」と説明する。
新規参入組は旅客機開発の経験がなく、膨大な試験やその解析、サプライヤーに要求する仕様の決定などにかかる時間が想定以上に膨らんでいる。川井昭陽三菱航空機社長は「サプライヤーの方が経験豊富。こちらが(機体の)デザインを決めたつもりでも、まだ細部の詰めが甘いと指摘されることがある」と明かす。同社は初飛行を延期したが「海外製部品の品質や納期の管理がうまくいっていない」(関係者)のが大きな原因だ。
航空会社は「想定内」。しわ寄せはサプライヤーに
航空機の納入遅れで影響を受けるのは航空会社とサプライヤー。ただ航空会社の被害はそれほど大きくなさそうだ。
「開発が遅れるとメーカーはエアラインに補償金を払う契約になっている。遅れによる損失は想定内だろう」(鈴木教授)。航空会社は5年以上も先の納入予定で機体を発注することもあるが、発注分のいくつかを後から取り消せる「オプション発注」などにしてリスクを軽減している。
そうなると開発遅れのしわ寄せが来るのはサプライヤーだ。中部地方のある部品加工会社の社長は「787の本格的な量産が始まるまで加工設備を3年間遊ばせた」と打ち明ける。航空機ビジネスは息が長く、中小企業は一回の受注で何年もの仕事量が確保されると言われる。しかしその一方で、量産開始が遅れれば、簡単に採算ベースに乗らないという厳しい現実もある。
航空機は他産業への技術波及効果が高く、各国政府も産業育成に取り組んでいる。MRJも開発費約1800億円の3分の1程度を国が拠出する。高い安全性能が求められるとはいえ開発遅延が常態化すれば、中堅・中小企業の体力をそぐことになり、航空機産業全体の基盤を危うくすることになりかねない。
(文=名古屋・杉本要)
日刊工業新聞2015年12月18日付機械・航空機面、2013年8月15日付自動車・航空機面記事