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成長続く世界の「水ビジネス」市場、日本企業にチャンスはある?

成長続く世界の「水ビジネス」市場、日本企業にチャンスはある?

東京大学大学院工学系研究科 滝沢智教授

上下水道の設備インフラ、海水の淡水化プラントなどの建設や運営を行う「水ビジネス」。海外の水ビジネス市場は、人口増加や途上国の都市化などによる水需要に伴い拡大している。限りある水資源を活用する上で、貯水から排水・再利用までの水利用全体や水防災を見渡したインフラ整備は重要だ。官民連携やグローバル・パートナーシップによる販路拡大、海外での上下水道事業への運営参画などを通じて、日本企業の海外受注実績は増加している。

近年は、グリーントランスフォーメーション(GX)・デジタルトランスフォーメーション(DX)といった世界の潮流に加え、水災害への予防保全など、レジリエンスの確保に関する需要も高まっている。日本は水分野で高い技術力を誇り、貢献できる領域は広い。

東京大学大学院工学系研究科の滝沢智教授に、海外水ビジネス市場の動向や、日本企業や自治体の抱える課題、今後の可能性や展望を聞いた。

拡大傾向にある海外の水ビジネス市場

 

—滝沢先生は昨年度、経済産業省「水インフラの海外展開に関する有識者研究会」の座長をされ、10年間の海外水ビジネスの振り返りと海外展開施策の方向性について提言をされました。この10年で海外の水ビジネスの市場規模や日本企業の売上高は、どのように拡大してきたのでしょうか。

「海外の水ビジネス市場は、2010年で約50兆円だったものが2019年で約72兆円まで伸びました。2030年には約110兆円を超えると予測されています」

世界の水ビジネス市場の推移(2010~2030年)

「また、日本企業の2019年度の海外売上高は3,473億円と2010年度(1,757億円)と比べてほぼ倍増しており、今後もさらなる増加が期待されます」

日本企業の海外売上高

—2019年の海外の水市場の内訳では、上下水道事業が約7割で、特に「維持管理分野」の規模が大きいですね。その大きな市場の中で、日本企業のビジネスの果たす役割も変わってきたのでしょうか。

「はい。以前は政府開発援助(ODA)を通じた事業が多かったのですが、近年は相手国、あるいはその国の自治体が行っている水事業を、日本企業が直接交渉して受注、または現地企業と共同で受注するケースが増えました。また、従来の日本企業は施設整備の比重が大きいのに対し、現在の世界の水ビジネスには、事業を運営したり経営したりする維持管理分野に大きなマーケットがある。しかしここが日本企業の弱点でした」

「日本の上下水道事業は地方自治体が経営しているので、民間企業は事業運営にかかわる経験が少ない。一方、海外の企業はコンセッション※1を含めた事業の経験がある。世界の水メジャーと言われるVeolia社やSuez社はフランスの企業ですが、フランスなどは、インフラ事業の資金を民間が調達するという考え方があり、民営による水事業について豊富な経験があります。しかし日本でも、民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律(PFI法)の整備以降、上下水道の官民連携を推進。性能型、包括的な発注も増え、日本企業も上下水道事業運営の経験を蓄えてきました」

※1 公共施設において、施設の所有権を公的機関に残したまま、運営権を民間事業者に売却する方式

—そもそも海外水ビジネス市場に日本企業が進出しているのはなぜですか。

「どんなビジネスにもいえることですが、国内で展開したほうが、リスクが少なくて安定しています。日本の上下水道インフラ整備が盛んだった頃、企業は国内案件で手一杯でした。しかし、現在の日本は、上下水道インフラが整備され、修理や更新需要がメインです。一方、東南アジアなどの新興国では、ゼロからの整備や拡張需要が多いので、技術的に新たなチャレンジができて企業のモチベーションも上がります。下の図は上水道普及率と一人当たりのGDPで市場を3分類していますが、国・地域の発展段階など、ニーズの見極めや状況に応じたビジネス展開が必要です。もちろん海外マーケットはリスクがあり、他国との熾烈な競争が待ち構えていますが、企業はいろんな意味で成長ができます」

海外市場の分析:GDPとの相関からみる参入アプローチ

日本が優位性を有する技術の海外展開

—水の有識者研究会では、水ビジネス海外展開施策の方向性について提言をされていますね。特に東南アジアは距離が近いですが、ビジネスの好例(グッドプラクティス)はありますか。

「東南アジアは、上下水道インフラ整備や産業用水など、水の需要が高い地域です。日本企業が相手国や現地自治体の案件を受注するケースが、カンボジアやフィリピンなどで展開されています。官民が連携して事業を推進することで、相手国の法整備も進んでくるでしょう。法整備が進めば、日本の民間企業が現地でトラブルに巻き込まれるリスクが軽減するので、より進出しやすくなります。今後、日本企業が独自の事業ノウハウを持ってどれだけ参入できるか、非常に楽しみですし、その際は相手国の目線で案件に関与することが重要であると思います」

日本の自治体が果たす“橋渡し”的な役割

—東京都や横浜市、福岡市や北九州市などの地方自治体が国際貢献や技術協力、又は地元企業の海外進出等の支援などの観点から、海外展開を実施しています。民間企業と協議会を設立して官民連携の取り組みなども行われていますが、海外水ビジネスにおける地方自治体の役割を教えてください。

 

「日本の自治体は事業運営のノウハウを蓄積しており、日本企業が海外で事業展開するための“橋渡し”をする点で、自治体の果たす役割は非常に大きいです。例えばODAやJICAによる上下水道関連の技術協力に関するプロジェクト参画を通じて、相手国の技術力の水準の向上を図り、日本の持つ技術的な優位性やマネジメントの仕方などを理解してもらっています。最初から日本の民間企業が出ていくと相手国やその国の自治体は警戒しがちですが、日本の自治体がまず信頼を得た上で企業が進出すれば、そういったことはありません。海外展開を活発化するために自治体と民間企業の連携は重要なプロセスです」

海外水ビジネス “学び”の10年で、日本企業が得たもの

—価格競争の点でも日本は成長したのでしょうか。

「日本企業の製品は、性能は良いものの価格が高いといった問題点がありました。しかし、現地企業と共同で事業に取り組むことで、価格を下げるための多様な工夫ができます。例えば、全て日本の製品を使わなくても、一部を相手国の製品に置き換えたり、現地企業の情報収集力を駆使してローカルのニーズをうまく吸収できたりすれば、無駄なことをしなくて済む。それがコスト削減につながります」

—まさに、提言にある水分野におけるCORE JAPAN ※2の推進と言えるのではないでしょうか。日本ならではの“律儀さ”も優位に働いたようですね。

※2 コアとなる技術・価値やプロジェクトの主導権を確保しつつ、グローバル・パートナーシップを実現

「新しい施設を納期通りに仕上げ、きちんと稼働していることはもちろん、現地価格で提供できるとなれば『日本企業だとやはり安心して任せられる』となるわけです。その成功例を他の自治体が視察にやってきて『うちの事業も日本企業に任せたい』となり、好循環が生まれます。この10年は、コツコツと相手国や自治体との信頼関係を構築していった“学び”の期間でした。次の10年はそれをどんどん“実践”していく期間だと、私は期待しています」

—滝沢教授が考える、世界での水ビジネスの魅力は何ですか。

「日本の上下水道は、万人に平等なサービスです。例えば東京都内であればどこでも同じ料金で24時間使えますが、海外では同じ都市住民の間でも水を使える時間や水質が異なります。そこで、日本の自治体や民間企業の尽力により、今まで水の供給が受けられなかった人々に必要な水を届けることができるのです。つまり、水を通じた社会の平等の実現に、日本の自治体や企業が貢献できる。それが水ビジネスの魅力の一つだと私は思っています」


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