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2050年カーボンニュートラル実現へ。本気度が試される経産省の「環境・エネルギー政策」

脱炭素社会とはどんな姿だろうか。

2050年のカーボンニュートラル(温室効果ガス排出量実質ゼロ)実現、2030年度の温室効果ガス排出量46%削減※1。政府の示した目標の達成には、温暖化対策を経済成長につなげる「経済と環境の好循環」を生み出すことが欠かせない。同時に、安定的かつ安価なエネルギー供給体制の確保も求められる。

経済産業省は2020年12月に「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」(以下、グリーン成長戦略)を公表。エネルギーの供給側・需要側の双方の課題を整理するとともに、産業構造の転換や技術革新などによって脱炭素社会を実現するための針路を示した。

※1 2030年度において温室効果ガス排出量を2013年度から46%削減することを目指し、さらに、50%の高みに向けて挑戦を続ける

グリーン・イノベーションの創出へ

これまで、環境問題は経済的な制約とセットで考えられることが多かった。だが、環境政策課 中原廣道課長は「米国や欧州といった国・地域の政策だけではなく、市場のなかでプレイヤーの意識が変わってきている」ことを実感したという。グリーン成長戦略では、これまで経済成長の制約やコストとされてきた温暖化への対応を「経済成長の機会」と捉え、産業構造や社会経済に変革をもたらすという前向きなメッセージが込められている。

カーボンニュートラルによりあらゆる産業活動が変革し、経済と環境の好循環が生み出されていく(イメージ)

再生可能エネルギー(以下、再エネ)が適正な価格で供給される。発電所や、製鉄所などの産業プロセスの現場では、二酸化炭素(CO2)を出さない水素や燃料アンモニアを燃料等として活用する。また、道を行き交う電気自動車(EV)はそれぞれ人工知能(AI)が搭載され、移動・輸送ルートを最適化することで省エネを実現。蓄電池の進化により長距離走行もできる―。

脱炭素社会の実現に向け、日本企業の技術が生かせる分野は多いが、実際にどれほどの技術革新が起こるかは予測できない。だが、企業などが研究開発や事業化に踏み出しやすい環境を整えることでイノベーションを促し、より良い社会の実現に近づけることはできるはずだ。

グリーン成長戦略で示した14の重点分野

グリーン成長戦略では、成長が期待される産業として14の分野を選定。研究開発を後押しし、革新的な技術の普及を加速させるため多面的な支援に乗り出す。例えば、化石燃料に変わる新たなエネルギー源として期待される水素活用分野では、現状で年間約200万トンの導入量を2030年に最大300万トン、2050年に2000万トンに拡大する目標を設定。水素を大量に作り、安全に輸送・貯蔵する技術の開発や、国をまたいで水素を安定供給する仕組みの構築を支援するとともに、水素発電の実現等を通じ、水素の利用拡大を目指す。

施策の目玉となるのが、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)に創設した総額2兆円規模の「グリーン・イノベーション基金」だ。14分野でプロジェクトを選定し、「研究開発から実証、社会実装まで脱炭素につながる新たなイノベーションを最長10年間かけて継続的に支援する」(中原課長)。産学官の総力戦で研究開発に取り組むほか、企業の設備投資の活性化につなげ、野心的なイノベーションを促す。

また、脱炭素化への移行(トランジション)や革新的技術の創出に向け、民間の資金需要は高まることが予想される。金融機関によるグリーンファイナンスやトランジション・ファイナンス※2の実行を通じて企業への資金供給を円滑化する。トランジション・ファイナンスに関しては、融資先となるCO2多排出産業向けの分野別ロードマップを策定する。脱炭素化にどんな技術が活用でき、どれほどの資金が必要か、企業がより具体的な戦略を立てられるようにして、金融機関が適切に資金供給できる環境を整える。

※2トランジション・ファイナンス 環境負荷の高い事業活動を、脱炭素あるいは環境負荷の低い事業モデルに移行させるための投融資。資金供給にあたっては個別事業のみならず、脱炭素化に向けた企業の長期的戦略が評価される。

今年8月には、成長に資するカーボンプライシングについて中間整理をまとめた。その中で、2050年CNを目指して自主的に高い排出量削減目標を掲げる企業が目標達成に取り組むための「カーボンニュートラル・トップリーグ」の創設や、取引所による市場取引の形で質の高いクレジットが流通する「カーボン・クレジット市場」の創設などの方向性を示している。脱炭素化に積極的な企業が、事業転換や資金調達などに活用しやすい枠組みとし、企業の成長につながる制度のあり方を検討していく。

「S+3E」を大前提とした再エネの導入拡大

カーボンニュートラルを実現する上で、大前提となるのが電力部門の脱炭素化だ。日本の二酸化炭素(CO2)排出量の37%は電力由来であり、エネルギー産業における化石燃料への依存度の高さも課題になっている。脱炭素化された電力をより安定的で安価に供給する仕組みの構築は、脱炭素社会の実現に向けた基盤となる。

2050年カーボンニュートラルに向けた戦略

「世界的に脱炭素化の取り組みが進む中、再生可能エネルギーの導入拡大は必須だ」。「エネルギー基本計画」の策定を主導する、資源エネルギー庁の西田光宏戦略企画室長はそう語る。

エネルギー基本計画の案では、2030年度の電源構成における再エネ比率の見通しについて、現在の倍となる36-38%まで拡大すると明記した。再エネを「主力電源化」する方針をより鮮明にしたこの素案は、産業界にもインパクトを与えた。

エネルギー政策を進める上では、安全性(Safety)を前提とした上で、安定供給(Energy Security)を第一とし、経済効率性(Economic Efficiency)の向上による低コストでのエネルギー供給を実現し、同時に環境への適合(Environment)を図ることが求められる。それぞれの頭文字をとった「S+3E」の大原則は、エネルギー政策を考える上での基本だ。基本計画では、2030年度の電源構成の見通しについて、前述した再エネに加え、火力発電で4割程度、残る約2割を原子力発電で賄うとしている。

再エネ拡大は「大規模集中型である既存の電力インフラに、新たな分散型の電力システムを組み込むことだ。課題が生じるのは当たり前で、それを乗り越えなければならない」と西田室長は力を込める。

エネルギー基本計画における2030年度の再エネ比率の見通しを見据えると、現在活用されている太陽光や陸上風力の拡大が求められる。発電設備を増やすための用地確保は課題の一つだ。日本の国土は決して広くなく、約4分の3は山地。山林伐採による災害などの懸念も寄せられる。今後は地域住民の合意を前提とした「促進区域」の制度を活用し、自治体と事業者が一体となって普及を進める。また、電力系統の整備や運用ルールの見直しも必要だ。

2050年に向けては、火力発電における水素・アンモニアなど脱炭素燃料の混焼や、CO2回収・貯蔵(CCS)、回収したCO2を資源として有効活用するカーボンリサイクルなどのエネルギー分野に関わる技術の実用化も期待する。西田室長は「エネルギー供給側(水素・アンモニア、合成燃料等の活用)と需要側(水素還元製鉄等の活用)の両面でイノベーションを後押しすることが重要だ」と指摘する。非電力部門も含め、産業界全体でエネルギー政策の将来について議論を深める方針だ。

中原課長も「脱炭素の流れは政治的な変動に関わらず、市場における国際競争の前提条件として進んでいくように思う。政策を担当する側も(環境対応を制約的に捉える)これまでの発想を切り替え、イノベーションや社会実装を後押しすることに本気で取り組んでいきたい」と語る。カーボンニュートラルの実現は、産学官金が新たな意識を持ちながら協力し合い、国を挙げて目標達成に取り組めるかにかかっている。

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