ニュースイッチ

企業収益や家計の圧迫必至、原油相場の高止まりが映し出す社会課題

企業収益や家計の圧迫必至、原油相場の高止まりが映し出す社会課題

11月初頭のガソリン価格は1リットル=168.7円と約7年3カ月ぶりの高値。足元でも高値圏で推移している(10月20日、都内のガソリンスタンド)

原油相場が当面高止まりしそうだ。主要産油国が12月の追加増産を見送ったことで、冬場の需給の引き締まりが意識されている。日本ではコロナ禍対応の緊急事態宣言が明けて景気回復期待が高まるが、石油製品の高騰が企業収益や家計に重くのしかかり、経済活動が抑制されかねない。企業が脱炭素を含め成長分野への投資資金を捻出するには、足元のエネルギー供給の安定化が欠かせず、今般の原油高をめぐる問題は中長期の社会課題も映し出している。(田中明夫)

【冬場のひっ迫懸念】OPECプラス、増産に慎重

石油輸出国機構(OPEC)とOPEC非加盟のロシアなど主要産油国で構成する「OPECプラス」は4日の閣僚級会合で、12月も現行の毎月日量40万バレルずつの増産を維持することを確認した。原油高による景気減速を懸念する日本や米国が追加増産を要請したが、7月に決定した増産ペースの変更に応じず、産油国と消費国の溝は埋まらなかった。

ニューヨーク市場の米国産標準油種(WTI)先物は、足元で1バレル=82ドル近辺と約7年ぶりの高値圏を推移し、年初比では約7割高い。OPECプラスの現行維持は市場で想定されていたため一段高は回避しているが、冬場の需要期前に増産が加速しなかったことで下値は堅い。

OPECプラスが追加増産に慎重な背景には、現行の増産を続ければ「2022年の世界需給は供給超過に転じると見込まれていることがある」(野村証券の大越竜文シニアエコノミスト)との指摘がある。米エネルギー情報局(EIA)の10月月報によれば、世界の石油需給は22年3月までおおむね供給不足で推移するが、同年4月以降は供給超過が続く見通し。原油安を助長する追加増産に応じる動機は低い状況だ。

足元では、原油への需要シフト観測を引き起こした欧州天然ガスの急騰が落ち着きを見せているが、予断を許さない。10月下旬には、ロシアのプーチン大統領が欧州へ天然ガスを追加供給する意向を示したと伝わったが、9月完成のパイプライン「ノルドストリーム2」の稼働時期が不透明なままだ。

ロシアからドイツにつながる新パイプラインの供給能力は欧州天然ガス需要の約1割に相当すると言われるが、生産から供給までロシア国営企業が関与し、稼働には欧州委員会などの審査が必要。ロシア企業が供給会社株式を売却するなど「審査を通す方法がいくつかあって選択が注視される」(石油天然ガス・金属鉱物資源機構調査部の原田大輔氏)が、審査は最長で22年5月までかかる可能性がある。

欧州の天然ガス価格の指標となる「オランダTTF」は足元で1メガワット時=73ユーロ近辺と、10月上旬の高値比で約4割安いが年初比では約3・7倍高く、原油への需要シフト観測は根強い。既存パイプラインを使ったロシアからの追加供給量も定かではなく、「冬場に欧州天然ガス価格が再上昇すれば、WTIは80ドル台後半に上昇し得る」(野村証券の大越氏)との声もあり、原油高が長引くリスクに警戒を要する。

【石油製品、高騰】国内各社、価格転嫁に苦慮

国内では、原油高を映して石油製品価格が高騰している。11月初頭のガソリン価格(全国平均)は1リットル=168・7円と約7年3カ月ぶりの高値をつけたほか、合成樹脂などの原料となるナフサの9月輸入平均は1キロリットル=5万円台と約3年ぶりの高値圏にある。

企業では増加する生産コストの転嫁が課題となっている。神戸製鋼所では「副資材や輸送費が一事業者では吸収しきれないほど上がっている」(勝川四志彦取締役執行役員)ため、需要家との間で鋼材の値上げ協議を続けている。アルミ製品はすでに、12月出荷分から押出・鋳鍛品のすべてで加工費の20%以上の引き上げを決めた。

ただ、ガソリンや電力の値上がりで家計の購買力が低下し、消費が冷え込む恐れがある中、サプライチェーン(供給網)全体でのコスト転嫁のハードルは一段と上がっている。足元では、欧州でのエネルギーコストの上昇や中国の電力不足に伴う生産制約などを背景に、銅など非鉄金属の価格も軒並み高い。

市中では「商品市況が落ち着つかないと、メーカーが価格転嫁できず業績が厳しくなり、世界経済には良くない」(豊田通商の岩本秀之取締役最高財務責任者〈CFO〉)と見る向きがある。日本では9月末に緊急事態宣言が解除されて景気回復期待が強まっているが、今度は原材料高が経済活動の制約要因となりそうだ。

【“脱炭素”の余波】資源・エネ安定供給が重要

原油高をめぐる混乱は、脱炭素社会への移行期にある世界経済の中長期の課題も浮き彫りにしている。当面は経済成長に伴い原油需要の増加が見込まれる一方、脱炭素の流れで民間産油企業の上流開発投資が絞られており、中東産油国などの影響力が一段と高まる可能性があるためだ。

今回の原油高は、世界最大の産油国の米国で、コロナ禍からの生産回復が緩慢だったことも影響している。米国の原油生産の目安となる掘削装置(リグ)の足元の稼働数はコロナ禍前比で依然約3割少ない。20年の原油価格低迷による民間産油企業の財務悪化に加え、「(脱炭素化で)石油開発への金融機関の融資姿勢が厳しくなっており、以前のような(旺盛な)生産に戻らない可能性がある」(INPEXの山田大介取締役常務執行役員)との見方がある。

また、国際エネルギー機関(IEA)の6月発行のリポートによれば、メジャーの石油とガスの21年の上流開発投資は15年比49%減の720億ドル(約8兆2000億円)となる見通し。一方、中東の国営企業は同10%増の430億ドル、中国の国営企業は同24%増の530億ドルと見込まれ、IEAは「化石燃料への投資バランスは国営企業にシフトしている」と指摘する。

中東などの国営企業への石油依存が高まれば、政情不安や外交関係の悪化などで供給が滞り、エネルギー市場が不安定化するリスクが高まる。原油高に見舞われやすい環境は企業の財務基盤を揺るがし、足元で積極化している脱炭素を含めた成長分野への事業投資も抑制されかねない。

脱炭素社会へシフトする過程では、化石燃料の権益確保や調達先の多様化など、資源・エネルギー供給の安定化に向けた取り組みが、一段と重要になってくる。

日刊工業新聞2021年11月9日

編集部のおすすめ