トヨタ自動車が挑む水素の社会実装。エンジン開発で始まった達成への道筋
トヨタ自動車が、水素エンジンの開発を起点に、水素の社会実装に乗り出した。水素を「作る、運ぶ、使う」の各段階で、手段の多様化や課題の洗い出しを進めるべく、水素エンジン車が参戦するレースを軸に他社との連携を加速。1―2カ月おきに行われる大会を一つの目安とし、サイクルの高速化も狙う。そのネットワークは徐々に広がりつつあり、今後の“仲間づくり”の進度が社会実装の早期実現のカギを握る。(名古屋・政年佐貴恵)
大分の地熱で製造
7月半ば、大分県九重町の山中で、とある実証施設が稼働を始めた。白い水蒸気を吐き出しながら動くこの装置は、大林組が手がける日本初の地熱発電を使った水素製造プラントだ。地下約700メートルから発生する150度Cの蒸気を利用してタービンを回し発電。その電気で水を電気分解して水素を作る。
この水素を同社は、大分県日田市で7月31日、8月1日の2日間にわたり実施された5時間耐久レースで走行した、トヨタの水素エンジン車に供給した。大林組の蓮輪賢治社長は「水素エンジンの燃料に使ってもらえたのは本当に光栄。担当者を含めモチベーションが上がる」と笑顔だ。
この施設は元々、8年前に地元業者が調査をはじめ、4年前に熱源となる蒸気を掘り当てた。しかし山奥で送電網は届いていない。送電コストという障壁に加え、不安定な再生可能エネルギーゆえ系統電源との接続可否の判断に時間がかかり、売電には至っていなかった。
無用の長物になってしまう可能性もあったが、再生エネとして地熱に着目した大林組が「水素という運べるエネルギーに変えることで、サステナビリティー社会に貢献できるのではないか」(蓮輪社長)と実証に着手。できた水素は、水素ステーションなど九州各地にも供給する。トヨタの豊田章男社長は「(地熱の利用は)再エネ技術の選択肢を広げる行動ではないか」と力を込める。
「作った水素を、水素エンジン車に使ってみないか」と声をかけ両社をつないだのは、トヨタ自動車九州(福岡県宮若市)だ。同社は部品を運ぶ燃料電池(FC)フォークリフト用などで、大林組の水素を調達する計画。永田理社長は「再エネの不安定な部分を、一度水素に変えることで安定供給できる。工場のモノづくりに役立てられる」と説明する。同社は自社工場でも太陽光発電による電気で水素を製造しFCフォークや施設の照明などに利用しており、大分のレースでも水素を提供した。今後もコスト低減の方策などを検討しながら、水素活用の範囲を広げる方針だ。
今回、実現した水素の“地産地消”は、「運ぶ」領域のカーボンニュートラル(温室効果ガス排出量実質ゼロ)においても可能性を示す。電気自動車(EV)や燃料電池車(FCV)はカーボンニュートラルに寄与するが、航続距離が課題。しかし地産地消の近距離取引であれば、水素ボンベをEVやFCVで難なく運べる。
さらに9月に開かれる次回レースでは、「運ぶ」領域で新たな連携に踏み出す。川崎重工業の水素運搬船を利用し、豪州から水素を運ぶ予定だ。川重は安価な褐炭を使って発電し低コストで製造した水素を、マイナス253度Cに冷却することで液化。体積を800分の1にして運搬船で運ぶ技術を有する。この水素を水素エンジン車に供給できないか検討する。橋本康彦社長は「事業としてバイクや船舶などもろもろのエンジンを手がける中で、水素という未来がある。皆さんと取り組みたい」と意気込む。
インフラ・コスト課題 使う場所増やすのが先決
今後の課題は「使う」部分をいかに広げるかだ。水素は国がカーボンニュートラルを達成する上での重点産業と位置付けており、7月に策定されたエネルギー基本計画でも供給量の拡大などを盛り込んだ。しかし製造設備や充填施設などのインフラ整備が進まないことや、コストの高さなどから利用は一部に留まる。大林組の蓮輪社長は「これまでの悩みは、作った水素を使ってもらう場所がなかったことだった」と明かす。
トヨタは水素エンジンという新たな用途を提示したが、社会に根付かせるには、さらなる需要創出が欠かせない。豊田社長は「仲間は自動車業界だけではない。電力会社や化学会社など、まずは水素を使うことをスタートするのが大事ではないか」と訴える。
川重との連携には「使う」部分の選択肢を増やす意図も込められている。豪州の水素は製造段階で二酸化炭素(CO2)を排出する「グレー水素」と呼ばれるものだが、豊田社長は「今は(製造段階からCO2を出さない)グリーン水素や(製造段階のCO2を回収する)ブルー水素、グレー水素と言っている段階ではない」と投げかける。水素の可能性を広げるためにえり好みをせず、まずは需要と供給の両面で仲間を増やすことが優先事項だ、との考えだ。
カーボンニュートラル達成に向けた流れの中、EVを唯一解だとする風潮が一部であるが、豊田社長は「敵は“炭素”で、決して内燃機関ではない」と強調する。水素エンジン開発で始まったうねりを大きくし、達成への道筋を広げる構えだ。