「共同社長体制」始動。日本ペイント“1兆円企業”への挑戦の行方
日本ペイントホールディングス(HD)は、プロ経営者として名をはせた前会長兼社長兼最高経営責任者(CEO)の田中正明氏が6月末に顧問も退き、ウィー・シューキム、若月雄一郎両氏の共同社長体制を名実ともに始動させた。田中氏がM&A(合併・買収)で拡大した経営基盤を受け継ぎ、2023年12月期に売上高を20年度比約40%増の1兆1000億円に引き上げる計画だ。親会社のシンガポール塗料大手ウットラムグループからも信頼をつかみ取り、体制を固められるか。M&Aや需要創出の巧拙に持続成長の成否がかかる。(大阪・田井茂)
積極的にM&A ウットラム傘下で問われる経営結果
田中氏が4月に体調や高齢を理由に電撃辞任後、日ペHDの株価は軟調だが、業績は売上高の80%を占める海外がアジア・豪州を中心に伸びている。19年にトルコと豪州2社、3月にはマレーシアと、塗料や接着剤の企業を相次ぎ買収し連結売上高を押し上げている。ウィー共同社長は「コロナ禍でもアジアは急成長市場。中国やトルコなどでシェアを高める」と自信を示す。
日ペHDは1月、ウットラムとのアジア合弁事業とウットラムのインドネシア事業を買収し、アジア最大の塗料メーカーに上り詰めた。一方でウットラムは、日ペHD株の保有を58・7%まで引き上げ子会社化した。日ペHDはウットラムによる大量株の売買リスクも抱えたが、売上高の50%に迫るアジア事業を丸ごと手に入れた。
需要おう盛、アジア照準
共同社長の使命はアジアでの優位性を基盤に、優良企業の買収継続や需要開拓で23年度までに“兆円企業”へ導き、株主価値を高めることだ。ウィー共同社長は09年からアジア合弁CEOとして最大市場の中国などアジアを統括し、年率11%成長を達成。若月共同社長はM&Aやアジア合弁買収の実務や財務を主導した。21―23年度の中期経営計画も田中、ウィー両氏とまとめた。若月共同社長は「中期計画は実現可能な事業を積み上げて策定した。達成は十分可能だ」と強調する。
ただ、共同社長は異例のガバナンス(企業統治)体制だ。指名委員長の原壽氏(弁護士)は「グローバル経営が拡大し、田中氏の激務を見てきた。1人で社長の仕事を全部やるのは無理と決断した」と、その経緯を説明する。人事ではウットラムを率いるゴー・ハップジン氏を会長に迎え入れ、資本の安定化も狙った。
アジアは経済成長で住宅に塗料を塗る文化が広がる。旺盛な需要を取り込むカギとなるのが、現地塗料メーカーの買収だ。「業績はよくても非上場のオーナー経営で10年先が見えない」(若月共同社長)企業を中心に買収を仕掛ける。日ペHDの傘下に入れば、共同調達によるコスト削減や有利な資金調達ができる点を訴求する。
国内向けは高付加価値品
半面、日本は売上高比率が20%にとどまる成熟市場だ。事業の活性化には新たな機能や付加価値の高い製品が欠かせない。そこで東京大学と20年5月から、光触媒による抗ウイルス・抗菌技術の共同研究を開始。同技術を活用した透明性の高い住宅用塗料を本年中にも投入する。
工業用では自動車の内装向けに、デザイン性や耐久性などを付加するフィルムを新規事業として立ち上げた。同フィルムでは印刷メーカーなどが先行するが、自動車用塗料で培った開発力と営業力で追い上げる。
だがその矢先、コロナ禍や半導体不足で国内と自動車向けの需要は減速した。国内事業の回復に向け、成長が見込める建築用塗料の企業などを買収し、効率よく収益を上げていく。工業用では塗料の周辺事業と位置付ける接着剤やシール剤の企業も積極的に買収する。国内は設備更新などによる生産性改善も課題になる。ウットラム傘下の外資系企業として、経営結果がシビアに問われる。
財務戦略 アジア事業買収奏功
日ペHDは09年から無借金経営を続けてきたが、19年の大型買収を機に有利子負債が一気に増えた。ウットラムのインドネシア事業と、両社が共同出資するアジア事業の買収にも約1兆3000億円投じた。財務のさらなる悪化が懸念されたものの、新株の第三者割り当てで約1兆2000億円を調達した。残りの1000億円のみを借入金でまかなうなど、有利子負債の増加を最小限に抑えている。
利益率の高い事業を自己資本を傷めず取り込んだことで、1株当たり利益(EPS)を10%以上増やし、株主利益を高めた。
社債と借入金から現預金を除いた手元資金は約3000億円で、財務規律を保ちながら21―23年度も1250億円を設備投資に充てる。安定したキャッシュフローを再投資し、利益率の押し上げにつなげる。
インタビュー/日本ペイントHD共同社長・若月雄一郎氏 経営戦略、2人で判断
若月雄一郎共同社長に新トップ体制の意義やガバナンスなどについて聞いた。
―共同社長の役割と責任の分担は。
「ウィー氏は事業推進、私は経営管理やM&Aを担うが、完全に共同責任だ。1人でM&Aをやるといっても誰もついてこないので、2人で判断する」
―意思疎通や迅速な経営判断に不安は。
「ガバナンスの課題は徹底したコミュニケーション。週2―3回は夜に2人で2時間ぐらい話す。互いに遠慮せず何が正しいのかを突き詰めている。ウィー氏はフェアで頭も切れる。当社の判断は普通の日本企業より圧倒的に早い」
―プロ経営者の田中氏と比較されますが。
「田中氏は万能型で当社のこれから先の大きな基礎を築いてくれた。すべてのメールに目を通し返事を送る仕事ぶりだった。同じようにはできないが結果を出すことに尽きる」
―ゴー氏の影響や関与による懸念は。
「塗料業界に詳しく日本のカルチャーもよく知っている。最後は株主として意思を示すが、ああしろ、こうしろと言われることはない。相談したり助言を受けたりするが、判断は取締役会がする」
世界の塗料市場 30年1.5倍、30兆円市場に
世界の塗料市場は30年に30兆円と、20年から50%成長すると予測される。世界人口が今後も増加し、新興国の建築用を中心に高い成長が見込まれる。大手企業は専業以外も含め欧米系が優勢。盛んにM&Aを繰り広げ、規模を拡大している。日系はアジアで強いものの、規模で大きく後れを取っている。成長市場での事業拠点獲得による収益力の底上げが課題になる。
成熟した国内市場への依存度も業界全体では高い。このためコロナ禍による需要減が直撃し、20年の国内生産量は148万トンと前年比9.6%減少した。環境や安全性に優れる水系塗料、抗ウイルス・抗菌塗料、塗料周辺の製品など、新たな需要や市場を呼ぶ製品開発が求められる。