日銀マンから転身したセコム会長。見つけた日銀とセコムの共通項
「渋沢栄一が大蔵省(現財務省)から財界へ出た時の気概と近かった」―。セコムの中山泰男会長は日銀からセコムの常務へと転じた際の心境をこう打ち明ける。大分と名古屋の日銀支店長時代に地元企業の経営者と多く触れ合い、「自分もプレーヤーとして日本経済を活性化させたい」との思いが民間の扉を開かせた。
異なる業界に足を踏み入れたが、意外にも「日銀とセコムには共通項があった」という。両者とも“信頼”が前提で成り立っているという点だ。信頼がなければ、日銀は安定した金融政策を維持できず、セコムは顧客からカギを預かり大切な財産を守れない。筋金入りの“信”の人だ。
転機は2016年の社長就任時。それまでは自分の担当分野をカバーすれば事足りたが、社長になると極めて高度で複雑な決断を迫られた。よすがにしたのがセコム創業者、飯田亮氏の言葉「もう5分考える」。
「社長は全体最適で物事を考える必要があり、見える景色が変わった。もう5分の思考の粘りで、第3の案を思い付いたり、別の判断にたどり着いたりすることがあった。熟慮した末の結論は、今振り返っても納得できることが多い」
社長時代は大きく二つのことに取り組んだ。一つは「社員満足を原点とする全員経営」で、社員が楽しく働けるよう心を砕いた。
「VUCA(不安定性・不確実性・複雑性・曖昧性)の時代において一人ひとりが自分の仕事に誇りを持ち、全員経営で臨まなければ変化の激しい時代に生き残れない。そして、変化が激しく正解のない中で突き進んで行くには智(常に知識をアップデートする)、情(多様な価値観を認め周囲の人を慮る)、意(未来を信じる強い想い)が求められる」
もう一つが経営者として会社の方向性を明確に示すことで、「大きなことをなすためには、より多くの人の力を結集する必要があり、そのためには多くの人が腹落ちして行動変容を促すビッグピクチャーが必要」と17年に30年までの長期ビジョンを打ち出した。
経営を手がける際に常に意識したことがある。
「渋沢風に言えば『論語と算盤』、セコムでは『理念と利益』。自転車で例えると前輪は理念、後輪は利益で、理念だけでは進まず、利益だけでは目的地にたどり着けない。社会へどのような価値を届けて利益をあげるのか。そこを理念に込める。理念が先で利益は後。この順番は間違えてはいけない」(大城麻木乃)
【略歴】なかやま・やすお 76年(昭51)東大法卒、同年日本銀行入行。大分支店長、名古屋支店長などを経て07年セコム常務。16年社長、19年会長。大阪府出身、68歳。