自治体「ワーケーション戦国時代」、生き残るための1枚の図
ローカル界隈で仕事していると、1日2回は聞くであろう「ワーケーション」。観光庁でもワーケーション関連予算が新設され、多くの自治体もワーケーション関連の補助金メニューができている。
ワーケーションとは「ワーク(働く)」と「バケーション(休暇)」の造語で、リゾートなどで働きながら休暇をとるものを指す。混合されるワードに「テレワーク」があるが、これは「テレ(離れた)」と「ワーク(働く)」の造語で、いわゆるオフィスではない場所で働くことの総称。そのため、ワーケーションはテレワークの1つの形態と定義される。最近は全国どこもかしこもワーケーションを掲げており、さながら「ワーケーションバブル」や「ワーケーション戦国時代」の状況だ。
「とりあえず、ワーケーションだ!」と威勢のいい掛け声は全国から聞こえてくるものの、そもそもワーケーションとはどういう定義で、誰にとってどういう効果があるのか?ステイクホルダーを整理しながら見ていこう。
ケース① ワーケーションする人(企業の従業員、フリーランス)
実際にワーケーションする人のメリットは、オフィスや自宅などではない場所で働くことで、気分転換ができたり、短期的には業務効率が上がることが挙げられる。NTTデータ経営研究所とJTB、JALによる共同研究によるとワーケーションにより仕事効率が2割上がり、ストレスも軽減された、という研究報告がされている。
ケース② 企業の経営陣
続いて企業の経営陣。企業単位でワーケーションの効果を整理しがちだが、企業の中でも経営陣と従業員では考えていること、重視することは違う。そのため、1つの企業で見るのではなく、立場によって細かく整理する必要がある。経営陣へのアンケート調査では5から7割がワーケーションに興味があると回答している。その理由は社員のプライベート時間の確保や社員のリフレッシュが上位に来ている。
また、ある採用担当者は「『ワーケーションを取り入れている』とアピールすると、採用にもプラスの影響がある」と話す。経営陣にとって採用は死活問題のため、副産物的な意味でもワーケーションを導入するメリットはありだろう。
ケース③ 観光事業者
ワーケーションであれば、休暇中にも働くことができるため、休暇を長く取りやすくなる。土曜、日曜の2日間しか休暇できてくれなかったところが、金曜と月曜にワーケーションを導入されれば、4日間を休暇に使えることになる。単純計算でも2倍の観光消費が期待できるわけだ。
また、航空会社も土曜の午前と日曜の夕方に集中していた観光客売上を分散することができ、搭乗率の向上が期待できる。長く休暇が取れることで、遠方からの集客も期待できるうえに、自ずとマーケットも拡大することになるだろう。これは観光事業者にとって大きな利益に繋がる。
ケース④ 地域事業者
主に地域住民向けにサービスを提供している飲食店などにとってワーケーションで訪れる人は新たな顧客となる。訪れる人が地元のスナックでお酒を飲んだり、ベッドクリーニングが多く発生することで、売上増に貢献し、それが原材料を仕入れている農家や従業員に還元されることで、地域経済で見ると新たな外需の獲得による底上げが行われる。
ケース⑤ 自治体
自治体のメリットは地元の観光消費が増えることで、地元事業者の需要創出につながり、雇用が増え、納税額の増加に寄与する。自治体といっても厳密には首長、議会、職員などいくつかのセクターに分かれているため、一概には言えないが、外需産業は地域への経済効果が大きく、地域内での揉め事にもなりにくいため、メリットになると考えられる。
ワーケーションとは何なのか
つまるところ、ワーケーションとは何なのか。長々と解説してきたが、全て1つの図で説明できる。
観光事業者から見たワーケーションは、休暇時間を伸ばすうえでネックになっていた「仕事」がフレキシブルに対応できるようになることで、「地域での滞在時間を伸ばし、観光消費額を増やし、新規顧客の開拓を行う行為」だ。
企業の経営者陣から見たワーケーションは、社員のリフレッシュを行ったり、新規採用の追い風として使うことで「長期的視点で企業利益の追求に貢献する行為」になる。
現在のワーケーション施策
ただ、これまで期待されていたワーケーションを入口にした関係人口の拡大や、企業誘致、ふるさと納税額の向上については効果が薄い。関係人口の定義にもよるが、ワーケーション先自治体との関係人口になるためには、地域住民との交流が不可欠。それでも、地域住民からすると、毎日のように都会から来た人の相手をするのは非現実的だ。企業誘致に関しても「ワーケーションに行ったから、そこに事務所を作る」とはならない。事務所開設は企業にとっては大きな意思決定であり、投資対効果の想定を算出し、複数拠点を検討して決定される。また、ふるさと納税については「税額控除付きのネットショッピング」となっており、「ワーケーションに行った自治体」だから、という理由で寄付をする人はかなり少数だろう。ワーケーションを入口に関係人口の拡大や企業誘致、ふるさと納税につなげていくためには、プラスでなにかの施策が必要なのだ。ワーケーションが上記につながる、という論理は「風が吹けば桶屋が儲かる」くらい小さな可能性であると言わざるを得ない。
自治体の視点からすると国や都道府県からの予算を確保するために「ワーケーションによってこんなにたくさんの効果がある!」と示さなければいけないため、予算確保の時点では盛々にした計画書を作らざるを得ない部分も理解できる。しかし、実際の運用では、ワーケーションで生まれる効果は正確に見積もっておく必要がある。まして「ワーケーションが地方を救う」ことは決してありえないので、行政はデータに基づく政策設計をし、観光事業者は1日でも長く滞在してもらうための経営努力を行い、企業は最終的にはパフォーマンスの最大化を目指すという至極当たり前の結論に落ち着く。
ワーケーションに限らずだが、苦しいとき、考える力が落ちてきた時ほど「起爆剤」に期待してしまう。ただその起爆剤は往々にして「自爆剤」であって、自らの寿命を縮める。各施策によってもたらさせる効果をロジックに基づき整理し、過剰な期待をせず、現実を直視し、メディアや国のPRに踊らされないで、地に足つけて日々の業務にあたりたいものだ。
(文=日南市マーケティング専門官・田鹿倫基)