ニュースイッチ

蓄電池は「戦略物資」。技術で勝って商売で負ける日本の現状に終止符打てるか

蓄電池は「戦略物資」。技術で勝って商売で負ける日本の現状に終止符打てるか

「バッテリー議連」立ち上げであいさつする安倍前首相

自民が議連 産業振興、官民タッグ

国内の電池産業強化に向けた議論が政界でも熱を帯びてきた。自民党は有志議員らによる議員連盟を発足。蓄電池をめぐる世界的な主導権争いが激しくなる中、産業振興にとどまらず経済安全保障の観点からも重要な産業になりつつある。カーボンニュートラル(温室効果ガス排出量実質ゼロ)実現のカギを握る基幹部品として幅広い産業が視線を注ぐ中、「戦略物資」として基盤構築できるか分岐点に差しかかっている。(高田圭介、日下宗大)

政府、動き出す 経済安全保障で重要視

「バッテリーを制する者が世界を制す。ジャパン・アズ・ナンバーワン・アゲインだ」。6月に自民党が立ち上げた議員連盟の会合で、甘利明税制調査会長はかつて流行したエズラ・ヴォーゲルのベストセラーの題名を引き合いに、蓄電池産業強化への思いを口にした。議連の顧問に就いた安倍晋三前首相は会場に集まった国会議員やメーカー、各省庁の関係者に対し、「戦略的に取り組む課題だ」と官民共同が不可欠なことを示した。

激しい米中対立、コロナ禍を通じたサプライチェーン(供給網)の不安定化、世界的な脱炭素化の潮流―。蓄電池産業の基盤固めを戦略的な課題と位置づける背景には、産業振興や輸出強化にとどまらない複雑な事情がある。

ここ数カ月でも自民党で半導体や原子力発電所のリプレース(建て替え)、「自由で開かれたインド太平洋」推進などをテーマに議連の発足が相次いだ。産業界でも国家の安全や重要技術に絡む分野について考える経済安全保障の重要性を唱える声も増している。

蓄電池も脱炭素化を推し進める上で自動車やエネルギー、住宅など幅広い産業への広がりが期待されている。一方で国際的な競争力強化に限らず、国内での供給確保が必要な「戦略物資」と捉える向きが強くなってきた。

技術で勝ち、商売で負け 日本の現状に終止符を

7日には甘利氏が議連会長として梶山弘志経済産業相と会談し、「技術で勝ってビジネスで負ける日本の現状に終止符を打ちたい」と述べた。議連として蓄電池産業の基盤強化を促す一方、今後の総選挙や党内の主導権争いなどの思惑もちらつく。

経産省内でも新たな動きが出ている。7月に入り、情報処理や通信などの分野を所管する商務情報政策局内に「電池産業室」を立ち上げた。研究開発や産業振興など省内各部局の展開を取りまとめ、政策や税制などを加速させる狙いがある。

原材料調達、製造拠点立地、リサイクル体制など、蓄電池をめぐるライフサイクル確立の道筋は見えていない。脱炭素化実現の基幹部品として、産業の成熟が急がれる。

車向け需要増 中韓電池メーカーが先行、電動化で欧米に投資加速

電池産業の今後を占う上で、カギを握るのが自動車産業だ。カーボンニュートラル達成に向けて自動車の電動化が加速し、電動車の駆動に必要な電池調達の競争が激しさを増す。車載用電池工場は電気自動車(EV)市場をけん引してきた中国に加えて、欧州や米国でも工場の新設が相次ぐ。増産投資でリードするのは中国や韓国の電池メーカーだ。自動車メーカーと合弁会社を設立するなどして、事業規模を拡大している。

EVやプラグインハイブリッド車(PHV)、ハイブリッド車(HV)といった電動車の需要は今後、急激に高まる。アーサー・ディ・リトル・ジャパン(東京都港区)によると、2030年に世界で生産される乗用車の電動車比率は59%(19年は8%)を占めるという。特にエンジンを使わないEVの需要地の変遷が、電池生産の戦略に変化をもたらしている。欧州自動車メーカーのEVシフトに合わせて、アジアに軸足を置いていた電池生産の“現地化”が進む。車載用電池で世界最大手の中国寧徳時代新能源科技(CATL)や韓国LG化学、韓国SKイノベーションなどが欧州で新工場の建設を決めた。

米国でも電池工場の新設が活発化する。米フォード・モーターは5月、SKと合弁会社の設立を発表。20年代半ばから米国内で年約60ギガワット時(ギガは10億)を生産する。一方、米ゼネラルモーターズ(GM)はLGと合弁事業を展開している。

日本勢追撃、増産体制整える

電動化の波を受けたサプライチェーンのリスク管理のためにも、“足元”に電池工場を整備する必要性が高まっている。経産省の資料などによると、25年の電池生産能力(年産)見込みは米国が20年比同約4倍の205ギガワット時、欧州が同11倍の726ギガワット時、中国が同約4倍の754ギガワット時だ。一方、日本は同約1・8倍の39ギガワット時にとどまる。

日産自動車の新型EVで日本専用限定仕様車「アリア リミテッド」

そこで政府は6月に策定した成長戦略に電池産業の強化を盛り込んだ。エンビジョンAESCグループ(神奈川県座間市)の松本昌一社長は脱炭素化のうねりで「この半年で流れが変わってきた」と実感する。同社は3年内をめどに国内で新工場を建設する方針だ。

トヨタ自動車とパナソニックが設立した車載電池事業の共同出資会社、プライムプラネットエナジー&ソリューションズ(PPES、東京都中央区)も国内の生産能力を引き上げる。官民一体の体制で国際競争の荒波に立ち向かう。

私はこう見る

仕様の統一が重要

EYストラテジー・アンド・コンサルティング自動車セクターリーダーの早瀬慶氏

自動車メーカーの電池調達戦略では、電池メーカーと合弁会社を立ち上げる動きが広がっている。生産効率を上げるには、電池メーカーが複数の車メーカーと組む必要がある。

そこでネックとなるのが電池の仕様だ。車メーカー側はこれまでエンジンで差別化してきたように、自社やブランド、車種ごとに固有の電池を要求しがちだ。電池の仕様が異なるのも一つの戦略だが、仕様を統一した方が電池の量産メリットは当然大きい。電池自体の差別化の必要性については見定める必要がある。

一方、(技術的な差別化のため)電池の内製化を研究するガソリン・ディーゼル車メーカーもある。今後は、ある時期になると電池を完全自社生産に切り替える車メーカーが現れる可能性がある。(談)

日刊工業新聞2021年7月13日

編集部のおすすめ