自律的に学習・行動するロボット誕生へ、「脳型コンピューター」研究の現在地
デジタル変革(DX)化が進む中、膨大なデータを処理し判断する人工知能(AI)の役割が重要さを増している。物質・材料研究機構の研究グループは、脳の機能をまねた素子や回路で動く「脳型コンピューター」の要素技術を研究し、従来はソフトウエアに使われているAIをハードウエアであるデバイスに組み込もうとする。2050年には新機構を搭載し、自律的に学習や行動ができるロボットが登場するかもしれない。(冨井哲雄)
【演算処理不要】
深層学習に使うAIはプログラムに沿って数値計算の値を得るなどソフトでの活用を重視しており、ハードはデータの保存などAIには直接関与しない。
AIの利用には膨大なデータの計算が必要だが、AIの性能向上とともにその計算量も増え、将来はコンピューターの性能が限界を迎えると考えられている。そこで量子コンピューターの実現が期待されているが、現状では小型化や室温動作などに課題がある。
一方、人の脳の機能を素子内でのイオン移動や化学反応に置き換えた「脳型コンピューター」なら、単純計算は遅いが、複雑なプログラムでの演算処理が不要だ。そのため小型・低消費電力で稼働できる。自律分散型の情報処理を行う「エッジコンピューター」の用途に向いており、自律型ロボットへの応用が期待される。
物材機構国際ナノアーキテクトニクス研究拠点の寺部一弥主任研究者らは、固体内のイオン輸送で動作する「固体イオニクス技術」を利用し、脳型コンピューターの素子を研究している。80年代から日本などを中心に活発化した同技術は、全固体電池や燃料電池などを支える基礎技術として日本が強みを持つ。
【シナプス素子】
寺部主任研究者らは、11年にイオン伝導体材料を利用し、神経細胞のシナプスをまねて情報の記憶と忘却を一つの素子で行うシナプス素子を開発。電気信号の入力頻度によって素子での電流の流れやすさを変え、人間の脳の記憶の仕組みの一部を再現した。「従来技術では一つのシナプスの機能を実現するために10個程度のトランジスタが必要になる」(寺部主任研究者)。この発表をきっかけにイオン伝導体材料を利用した研究が広がった。
18年には固体内のイオンの濃度変化を“経験”として記憶し、意思決定するデバイスを開発。実証実験として、二つのスロットマシンを選び、勝った際に報酬が得られるゲームにおいて、デバイスが勝率の高いマシンを少ない試行数で判定できるか試みた。
正しい判断を繰り返すことで、一方向にイオンが移動しイオン濃度が偏ることで正解だと判定する。両マシンが勝つ確率を60%と40%にそれぞれ設定して実験したところ、同デバイスは従来のソフト利用型のAIに匹敵する選択特性を示した。
今後、AIと“人工五感”の機能を持つ材料の探索と、それを利用した素子やニューラルネットワークを開発することを目指す。寺部主任研究者は「50年にも脳型コンピューターを搭載した自律型AIロボットを開発したい」と意気込む。人に近い機能を持つロボットと一緒に暮らせる未来もそう遠くないのかも知れない。