物流費倍増で「利益が吹き飛ぶ」。危機的な日本の物流に突破口はあるのか
日本の物流が嵐にさらされている。物流需要は増加する一方で、輸送能力(供給)は低下の一途をたどる。このままいけば、需給バランスが崩れてモノが運べない事態が起き、サプライチェーン(供給網)が途切れて、日本経済に壊滅的な被害が発生する懸念もある。こうした危機的状況の中、今後どういった処方箋を描いていけばよいのか。物流の課題と取り組みについて、経済産業省の畠山陽二郎商務・サービス審議官に聞いた。
物流需要と輸送能力(供給)のバランスが崩れて危機的な状況にある
「物流は、経済を円滑にまわしていくために不可欠な社会インフラです。それにもかかわらず、危機的な状況にあります。物流需要と輸送能力(供給)のバランスが崩れており、今後その傾向はより強まっていきます。需要面では、荷主事業者や消費者のニーズの多様化によって、貨物の小口化・輸送の多頻度化が進み、運ぶ回数が増えてきます。また、EC(電子商取引)が増え、人でなくモノが動く傾向は顕著です。新型コロナウイルスもあり、こうした傾向に拍車がかかり、物流需要は今後益々増えていくでしょう」
「一方、供給面を見ると、2000年ごろに100万人程度いたトラックドライバーが2050年には50万人程度になるという予測もあり、すさまじい勢いで減少しています。ドライバーの高齢化が進んでおり、若い人が入ってきません。肉体労働が多く、長時間拘束されるなど労働環境が良くないことや、過当競争にさらされて、かつ、何重もの下請構造になっていること、それによって、厳しい財務状況が続き、ドライバーの稼ぎが上がらないこと、などが原因です。さらに、働き方改革自体はもちろん歓迎すべきことですが、2024年度からドライバーに時間外労働の上限規制が適用され、ドライバー一人当たりの仕事量は制限されます」
「また、1台当たりの積載可能量に対してどれぐらいの荷物を積載できているかを示す積載効率について、日本は40%程度であり、近年下落傾向にあります。これに対して、欧米は60%程度と大きな差があります。加えて、トラックの実働時間のうち、どれだけの時間を運転に充てることができているかを示す回転率は、50%にとどまっています。これは、ドライバーが荷下ろしや倉庫内での作業など運転以外の附帯業務に拘束されていることが原因です。こうした供給制約により、物流の需給ギャップが崩れ、物流コストは徐々に上昇しています。売上高に占める物流コストは5.4%(2020年)であり、20年ぶりの高水準になっています」
「供給面が改善できないと、モノが運びたい時に運べないという事態が発生します。配送の遅延により生産計画が乱れて、サプライチェーン(供給網)が機能しなくなるなど、経済活動に壊滅的被害が発生する懸念もあります。また、物流コストが上がり続け、売上高に占める物流費の割合(5%)がもし倍になったとしたら、日本企業の平均経常利益率は約5%ですから、利益が吹き飛んでしまうことになります。にもかかわず、荷主事業者の物流に対する意識は低く、社会全体で見ても、こうした物流への問題意識はやや足りない印象です。我々としては、今日のような広報媒体を通じ、物流への関心を高めていくことが必要だと考えています」
ドライバーの労働環境を改善するとともに、効率的な配送網の構築を
「ドライバーの確保については、3K職場とも言われるドライバーの労働環境を改善していかなくてはなりません。従来、ドライバーは荷主事業者から要請があると何でも受け入れてきました。ドライバーが荷下ろしを開始するまで倉庫の前で10時間待たされたという例も聞いたことがあります。ドライバーは、運転以外の附帯作業や待ち時間が少なくなれば、本業である運転に集中できます。我々としても、国土交通省等と連携し、荷主事業者も関与したドライバーの働き方改革の取り組みとして、『ホワイト物流』推進運動などを進めてきましたし、今後も荷主事業者の意識の醸成を図りたいと考えています」
「また、多重下請構造によるドライバーが稼ぎづらい環境も解消しなければなりません。米国では、法規制によって多重下請構造を禁止し、規制導入後、ドライバー数は増え、賃金が上昇したようです。多重下請構造の是正に一定の効果があることが見てとれます」
「さらに、ドライバーに負荷をかけない効率的な配送手段も進めていくべきです。トラックの隊列走行や自動走行ロボットなどを使って、人手不足に対応していきます。また、低い輸送効率を高めるには、共同配送などの手段も展開していくべきだと考えています。荷下ろしや積み込みなどの作業については、パレットやロボットなどを使った効率化が重要です。加えて、物流分野における標準化と、標準化した物流資材の共有化が必要です。これは、デジタルでの管理が前提となります。物流事業者だけでなく、メーカー・卸・小売等の荷主事業者が協力して、物流の効率化に取り組むことが肝要です」
―経産省に求められる役割はどのようなものでしょうか。また、他省庁とどのように連携・協力していきますか。「荷主事業者は他業種にまたがっており、経産省としても幅広く所管しています。(荷主事業者の経営陣が物流に関心を高く持つという)古くて新しい問題に効果的に取り組んでこられなかったという反省もあります。荷主事業者の経営は、物流にとって、サスティナブルなものでは必ずしもなかったですし、効率化の意識が乏しかった面もあると考えています。経済産業省として、荷主への積極的な対話や働きかけを行いたいと考えています」
「また、次期総合物流施策大綱を近々取りまとめる予定で、物流DX(デジタルトランスフォーメーション)、標準化、労働力不足対策、強靭で持続可能な物流ネットワークの構築など、いくつかの柱で構成しています。国土交通省、農林水産省、経済産業省で一丸となり、物流に取り組んでいきます。他にも、当グループとしては、自動走行ロボットを用いた配送の実現に向け、実証事業の支援やルール整備等に率先して取り組みたいと思っています」
物流分野でもかつての通信分野と同様の革命が起きる
「通信の世界がインターネットによって飛躍的に変わったように、物流もネットワーク革命が起きる可能性があります。従来は、ハブ&スポークのネットワークで、ハブとハブの間を大量輸送していましたが、貨物の多品種・少量化が進むと、新しい輸送システムが必要になります。欧州を中心に、貨物を通信のパケットのように規格化した単位に分け、空いている倉庫やトラックで効率的に輸送を行う『フィジカルインターネット』という概念が研究されています」
「物流施設も、オープン化してシェアする考え方が中心になってくると思います。うまくシェアリングできれば、設備の稼働率は上がり、収益率も高まってきます。他方で、日本企業は、シェアリングを通じ、効率的にインフラを使っていくというやり方を必ずしも得意としておらず、各社で独自にシステムや設備を構築するスタイルが多かったと思います。オープン化やシェアリングが日本企業の大きな課題です。新型コロナウイルス感染症でテレワークが広がり、オフィスは空きスペースが増えています。物流のインフラとして転嫁できるものをうまくネットワークと組み合わせて使っていけば、新しい物流ネットワークや物流サービスが生まれます。空いた時間を活用して、誰でもドライバー業務を行うことができるようになれば、輸配送に大変革が起きます。10年、20年でそういった方向性に向かうのではないでしょうか」
「また、物流データは、それだけでは何も価値が無いかもしれませんが、多くのデータが集まり、それが受発注などの商流データや、決済などの金流データと組み合わさると、宝の山になります。データを収集・結合し、それを運用するビジネスは寡占(かせん)性があり、ひとたび乗り遅れるともう二度と追いつくことができません。物流データは大きなビジネスチャンスであり、日本経済の成長のネタになるのは間違いありません。しかし、ビジネスの担い手をうまく見つけることができず、GAFAのような巨大プラットフォーマーに寡占されてしまうと、荷主事業者はプラットフォーマーの言いなりになり、自由な輸配送を行えない世界となる可能性もあります。このような世界を回避し、物流を切り口に日本企業が成長していくためにはどうしたらよいのか。課題はつきません」
物流でサスティナブルな社会をつくる意識を共有化する
―実現していくためのカギになることは何だとお考えでしょうか。「物流は経済活動の重要なインフラです。物流事業者だけでなく、荷主事業者や消費者も含めて、物流にかかわるステークホルダーみんながサスティナブル(持続可能性)な物流システムをつくる意識を共有化することが大切です。特に荷主事業者の経営層の意識を変えていくことが最も重要だと考えており、今日の物流の危機的状況やコロナ禍は、意識を変えるためのきっかけと言えるかもしれません。人が生活するには、人が動くか、物が動くかのどちらかが必要で、後者のニーズが高まっています。物流には、大きなビジネスチャンスが広がっています」