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時間的豊かさを手に入れることが可能に?脳の錯覚で「心の時間」が伸び縮み

時間は、私たちの生活において、切っても切れない存在だ。人が時間について語るとき、それは時計の針が指し示す「時計の時間」の場合もあれば、心で感じる「心の時間」の場合もある。時計がどのようにして時を刻んでいるか知りたければ、時計の中身を調べれば良いが、心の時間のメカニズムは脳を調べてみなければ分からない。私は、情報通信研究機構(NICT)脳情報通信融合研究センター(CiNet)で、心の時間を生み出す脳の仕組みを研究している。

「心の時間」は「時計の時間」とは必ずしも一致しない。それを示す例の一つは、クロノスタシスと呼ばれる錯覚である。アナログ時計があったら、秒針に視線を向けてみてほしい。秒針を見た瞬間、針が止まったように見えただろうか。目が動くとき、脳の中では時間が伸びて認識されるため、実際は1秒ごとに動くはずの秒針が1秒以上同じ場所にとどまっていたように見えるのである。

私の研究チームは2020年、このような錯覚を巧みに利用することによって、心の時間を生み出す脳の仕組みを明らかにした。実験では、同じ時間の長さで画面上に繰り返し現れる画像を見せて特定の時間の長さに慣れることによって、心の時間が伸び縮みする「時間残効」と呼ばれる錯覚を使った。

この錯覚を感じている時の脳活動を計測したところ、時間に慣れることで縁上回と呼ばれる脳領域の活動が減弱し、この度合いが強い人ほど心の時間が歪んでいることが分かったのである。我々は現在、感覚刺激などによって心の時間を制御するための研究に取り組んでいる。

左)特定の時間の長さに慣れると、縁上回の脳活動が減弱 (右)時間の錯覚を強く感じていた人ほど、脳活動が減弱していた(図はHayashi and Ivry, 2020 J Neurosci.から引用)

経済発展によって物質的豊かさが高まる一方、時間が足りていないと感じる「時間的貧困」が心や体の健康に与える影響が問題視され始めている。また、ムーンショット型研究開発事業では、50年までに人が時間の制約から開放された社会を実現することを目標としている。当センターにおける研究は、心の時間の脳内メカニズムを理解することを通じて、人が時間的豊かさを手に入れる技術開発にも貢献することが期待されている。

未来ICT研究所 脳情報通信融合研究センター・脳情報通信融合研究室テニュアトラック研究員 林正道
11年総合研究大学院大学生命科学研究科博士課程修了。ロンドン大学、ヘルシンキ大学、サセックス大学、カリフォルニア大学バークレー校、大阪大学で勤務後、19年から現職。科学技術振興機構さきがけ兼任研究者。時間感覚の脳内メカニズムに関する研究に従事。
日刊工業新聞2021年4月27日

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