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今年のものづくり白書は3本柱 コロナ禍を経た製造業の“ニューノーマル”とは?

政府がまとめた2021年版ものづくり白書は「レジリエンス(復元力)」「グリーン化」「デジタル化」に焦点を当てた。感染症対策やサプライチェーン(供給網)の安定化、自然災害対策など、企業は多角的なリスクへの対処が避けて通れなくなっている。カーボンニュートラル(温室効果ガス排出量実質ゼロ)やデジタル変革(DX)といった新潮流も加速する中、ニューノーマル(新常態)の環境を生き延びる方向性を示した。(高田圭介)

レジリエンス 全災害対応のBCP推奨

自然災害への対処を中心に捉えられてきたレジリエンスが、多面的な意味を持ち始めている。感染症、経済対立、紛争、人権問題など世界的な視野に立ったリスク対処の必要性は高まるばかり。白書は自社の被害想定とともに、サプライチェーン全体を俯瞰(ふかん)する対策が欠かせないと強調する。

従来は自然災害への対応力を高める上で事業継続計画(BCP)の策定が推奨されてきた。半面、相次ぐ自然災害を経ても、調達先の把握は十分でないのが実情だ。

コロナ禍でサプライチェーンの脆弱(ぜいじゃく)性が改めて露呈し、医療関連物資や半導体などの供給不足が生活や産業を脅かした。

白書は自社だけでなく周囲と連携した「可視化」の取り組みが、非常時の迅速な対応に寄与すると説く。その上でリスクに左右されない「オールハザード型」のBCP策定が重要と指摘する。リスクを起点とする従来の対策から、人員や設備の被害など起こりうる結果を基にした対策が、モノづくりの強靱(きょうじん)化に不可欠と捉える。

グリーン化 行動変容が成長に

世界でカーボンニュートラル実現の機運が高まり、日本政府も「経済と環境の好循環」を旗印に動きだした。今後は製造工程はもちろん、あらゆる場面で脱炭素化が問われる。米アップルをはじめグローバル企業には、サプライチェーン全体で計画達成を目指す動きも出ている。脱炭素化の取り組み次第で、サプライヤーの取引に影響する可能性もある。

一方で白書はグリーン化を意識した企業の積極的な行動変容が、成長の原動力になると主張する。その一例が、気候変動対策の取り組み状況を資金供給の判断材料とする「グリーンファイナンス」だ。足元で国内外の金融機関は、環境分野に関する資金調達を目的としたグリーンボンド(環境債)の発行を伸ばしている。環境対策を実践する企業ほど資金調達の障壁を下げられることから、企業の新たな成長エンジンとして期待される。

デジタル化 経営層はビジョンを

事業環境の変化への対応力や競争力を高める点からも、DXに取り組むべきだと白書は説く。多くの企業がDXに手つかずで、普及促進には経営層による明確なビジョンの提示や部門の垣根を越えた取り組みがカギを握るとしている。

白書は製造業のDXについて、リモート化が有効と指摘する。アバター(分身)ロボットによる作業の遠隔化やリモートでの溶接作業の指導など、現場に固執しない環境の整備が、技能継承や人材不足の解決を後押しすると説明。コロナ禍で高まった非接触ニーズにも応えられるとみる。

無線通信技術のさらなる活用は遠隔化や柔軟な配置転換など、製造現場の高度化につながるとした。有事の代替生産や増産、製品サイクルの変化への対応など、サプライチェーン維持の観点からも積極的なデジタル投資の必要性を掲げる。

三つの柱はそれぞれ1社単独での実行は難しい。外部資源を活用しながら積極的に連携し、相乗効果を高めることが難題を乗り越える上で欠かせない要素となりそうだ。

インタビュー/経済産業省製造産業局長・藤木俊光氏

今後の製造業の方向性について、経済産業省の藤木俊光製造産業局長に聞いた。

―製造業の現況をどう見ますか。

「各社の直近の決算では当初の悲観的予測から持ち直しているように見える。ただ中長期的なデジタル化、グリーン化で課題を抱えている。将来を見据えた戦略的投資をどう進めるかが問われてくる」

―レジリエンスを高める第一歩は。

「国家間対立や人権なども視野に入れなければならない。自分の庭先をきれいにするだけでなく、サプライチェーンの中で他社と一緒にカバーする必要がある。リスクへの感度を上げるには他社や業界団体などに対し、情報の網を張ることも有効だ」

―中小企業がデジタル化、グリーン化の流れに乗るためには。

「脱炭素化では自社の現状把握で売りを作るチャンスにもなる。デジタル化も気がついたら世の中に取り残されることになりかねない。特に取引先との関係を意識した先回りの対応が重要になる。今日、明日を考えれば他に優先すべきこともあるが、中小企業も対応を迫られている」

―「自前主義」からの脱却も重要です。

「まずは大企業が変わることが大切だ。外から知恵を入れていかないと勝ち筋は見えてこない。中小企業においても新規株式公開(IPO)志向が強いとされてきたベンチャー企業のように、外部資源を活用した戦略が求められる」

―アフターコロナにおける製造業の可能性をどう見ますか。

「ハードとソフトの融合で強みを見いだせるのでないか。デジタル化で世界に遅れていると言われるが、ロボットや電機などモノと結びついた部分で日本は一日の長がある。省エネ技術が世界トップクラスであるように、(製造業は)技術を積み上げつつ最後に残った課題をどう解決するかで強みを発揮できるし、まだまだ世界をリードできる」

*取材はオンラインで実施。写真は経済産業省提供

日刊工業新聞2021年6月3日
日刊工業新聞記者
日刊工業新聞記者
今年の白書を策定する過程では、ある国会議員から「『ものづくり』の言葉自体が古いんじゃないか」との指摘が出ました。確かに「新しい言葉」ではないのかもしれませんが、名前を変えると新しいことができるのかと個人的に感じています。中身はレジリエンス、デジタル、グリーンと目新しいことだらけで中小企業にとってはかなりハードルが高い課題です。発言した議員がどういった意図で指摘したかまではわかりませんが、上っ面の新しい言葉だけでない言動一致こそ求められているのでないでしょうか。

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